去年10月、柏崎刈羽原発にカメラが入った。行われていたのは電源の復旧訓練。作業員約30人がケーブルを運ぶ手順を確認していた。2011年3月、福島第一原発は高さ13mの津波に襲われほぼすべての電源を喪失。3つの原子炉がメルトダウンし、大量の放射性 物質が放出された。柏崎刈羽原発の稲垣武之所長は、スムーズにできるか、この訓練は極めて重要になりますので、などと挨拶。5年前に就任した稲垣さんは、福島第一原発の事故では当時の吉田昌郎所長とともに最も過酷だった初期対応に当たった一人。 稲垣さんは復旧班長を務めていた。2011年3月、稲垣さんには苦い経験が。ほぼすべての電源を失い、原子炉などの測定機器が使えなくなった。稲垣さんは電源復旧をいち早く進めたいと原子炉建屋の近くに部下を送った。そして、3号機の原子炉建屋が爆発。複数の作業員が負傷した。当時現場で爆発に巻き込まれた杉本祐樹さんは、「線量計をむねにつけていたがそれがアラームを鳴らし始めて」「建屋のカベが崩れて鉄骨が曲がって蒸気がブワーッと上がっていくのが見えて体がガタガタ震えて涙が止まらない状況」などと当時を説明した。 稲垣さんは「強い後悔の念 自責の念にかられた」と明かした。
事故の後、柏崎刈羽原発で東京電力が一兆円以上かけて進めてきたのが設備の抜本的な見直し。電源を多重化し、電源がなくても動く冷却装置を新たに導入した。こうした設備面の安全については2017年に原子力規制委員会の審査に合格している。その一方で大きな課題として残されているのが人の対応力。緊急時に対処できるのか、経験不足が懸念されている。電源復旧などを担う若手の社員が増えるとともに、6号機7号機の約6割がこの原発で運転経験がない。この日所長が参加して緊急時の対応訓練が行われた。稲垣さんが特に重視していたのが情報共有が確実に行われているか。福島第一原発事故では情報共有が出来なかったことが対応の遅れを招いた。気づいたときには1号機のメルトダウンがすでに進んでいたと見られている。柏崎刈羽原発では現場からの報告をパソコン上に逐一表示できるシステムを整備したうえで、幹部からの指示の確認を徹底することにしていた。ところが、確認の返事が遅れる場面も。そして先週21日再稼働。福島第一原発の事故の教訓は受け継がれているのか、今も問われ続けている。
事故の後、柏崎刈羽原発で東京電力が一兆円以上かけて進めてきたのが設備の抜本的な見直し。電源を多重化し、電源がなくても動く冷却装置を新たに導入した。こうした設備面の安全については2017年に原子力規制委員会の審査に合格している。その一方で大きな課題として残されているのが人の対応力。緊急時に対処できるのか、経験不足が懸念されている。電源復旧などを担う若手の社員が増えるとともに、6号機7号機の約6割がこの原発で運転経験がない。この日所長が参加して緊急時の対応訓練が行われた。稲垣さんが特に重視していたのが情報共有が確実に行われているか。福島第一原発事故では情報共有が出来なかったことが対応の遅れを招いた。気づいたときには1号機のメルトダウンがすでに進んでいたと見られている。柏崎刈羽原発では現場からの報告をパソコン上に逐一表示できるシステムを整備したうえで、幹部からの指示の確認を徹底することにしていた。ところが、確認の返事が遅れる場面も。そして先週21日再稼働。福島第一原発の事故の教訓は受け継がれているのか、今も問われ続けている。
住所: 秋田県秋田市下新城中野字街道端西241-438
URL: http://www.akita-pu.ac.jp/
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