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「長岡市(新潟)」 のテレビ露出情報

新潟県中越地震で最大震度7の揺れを観測した長岡市川口地区に暮らす平澤康隆が当時暮らしていた自宅は全壊、数か月にわたり避難生活を送った。平澤は先の見えない避難生活、孤立状態の中、地元の住民は食料などを分け合い共助で乗り越えた。川口地区では地震の記憶を伝えるとともに地域のつながりを維持していこうと毎年、追悼式典を開いてきた。実行委員長を務める平澤は追悼式典で使うキャンドルは毎年、地元の中学生と一緒に作っている。そこに書かれたメッセージは「仲間と助け合う」だった。高齢化が進む川口地区では追悼式典はことしで終わりにすることが決まっている。それでも平澤は別の形でこうしたつながりを維持していきたいと考えている。中越地震の教訓である共助を能登半島地震の被災地に生かそうと活動している人たちもいる。佐竹直子は中越地震のあと長岡市で仲間とボランティア団体を立ち上げ全国の被災地支援を続けてきた。能登半島地震の被災地に定期的に通っている。この日は地震で被災した人たちに手伝ってもらい炊き出しを行った。佐竹が大切にしているのは被災者を孤立させないこと。背景にあるのは20年前の中越地震での経験だ。長岡市の自宅で被災した佐竹は小さい子どもを連れていくと迷惑がかかると考え避難所に行けなかった。地域を回り、話を聞くうちに同じように孤立している人が多いと気付いた。能登の被災地でも被災者の孤立を防ごうと話ができる場を作った。避難者がつながりを持てるカフェスペースやリラックスした中で悩みを打ち明けてもらうための足湯を用意した。佐竹は自分の経験を伝えることで輪島の人どうしで支え合う活動が広がっていってほしいと考えている。高齢化などを背景に共助の取り組みの維持は課題になっている。地震からの復興に携わってきた兵庫県立大学大学院の澤田雅浩准教授は共助を高めるには行政も地域の催しなどを支援して日頃からのつながりを強くするサポートが今まで以上に必要になると指摘している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年3月26日放送 15:45 - 19:00 フジテレビ
イット!(ニュース)
硫黄島の闘いから今日で80年。新潟県長岡市に住む高橋春男さんの父・杵渕留吉さんは1945年3月、硫黄島で戦死した。硫黄島ではアメリカ軍との戦闘で日本軍約2万人が玉砕した。約1万人の遺骨が発見されていない。2021年に遺骨が引き渡された。高橋さんは「見付かると思わなかったので驚いた。重みを感じたが嬉しかった。」等とコメントした。硫黄島で発見された遺骨の中で身元[…続きを読む]

2025年3月26日放送 11:30 - 11:50 フジテレビ
FNN Live News days(ニュース)
第二次世界大戦で硫黄島の戦いが終結してから今日で80年。島で戦死した人のうち1万1000人の遺骨は今も見つからず現在も収集活動が続いている他、見つかった遺骨を遺族の元に帰すことも大きな課題となっている。新潟県長岡市に住む高橋春男さん、83歳。高橋さんの父・杵渕留吉さんは1945年3月に硫黄島で戦死した。第二次世界大戦の激戦地、硫黄島では1945年2月から3月[…続きを読む]

2025年3月22日放送 22:52 - 22:56 テレビ朝日
私の幸福時間(私の幸福時間)
新潟県長岡市は江戸時代城下町だった。片平浩之さんはレストランを夫婦で経営している。幸福時間は面づくりという。材料は和紙と新聞紙で完成するまでに3週間ほどかかる。

2025年3月17日放送 0:40 - 1:10 テレビ朝日
有吉クイズヒコロヒーが漁師町のスナックでママになったら結構モテるんじゃないかQ
新潟県長岡市にてヒコロヒーはスタッフから「ヒコロヒーが漁師町のスナックでママになったら結構モテるんじゃないかQ」を行うと伝えられた。ヒコロヒーは10歳頃に漁師に失言したらボコされた経験があり最も怖いと思っているなどと告げた。ヒコロヒーはJR越後線分水駅で降り、漁師町をぶらつき、Q「ヒコロヒーがこの後とった行動は?」を出題。正解は「駄菓子を買いに来ていた中学生[…続きを読む]

2025年3月16日放送 12:00 - 14:00 フジテレビ
なりゆき街道旅旬Waker
今回やって来たのは横浜市都筑区。伝統農法で野菜を育てている「寛永鶴見園」へ。今回の旬はじゃがいもだという。じゃがいもは一度冷蔵保管をしてしまうと本来の栄養分・旨味が失われてしまうため、3か月土に埋めておくことで旨味が損なわれないとのこと。また土の中で熟成させることでデンプンが糖に代わり甘味が増すという。穴掘りを3人で行って穴を掘ること20分、じゃがいもを見つ[…続きを読む]

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