吉田茂氏は、戦前、駐イギリス大使などを歴任。「親アメリカ・イギリス」の立場で戦争に反対した。吉田氏は、戦後、安全保障をアメリカに委ね、日本は経済復興に全力を注ぐ「現実路線」をとった。一方、鳩山一郎氏は戦後GHQにより公職追放された。親米の吉田氏を批判しアメリカと距離を取った。鳩山一郎氏に近い岸信介氏は、A級戦犯容疑者として収監された過去を持ち、憲法改正により真の独立を目指した。自民党本部には保守の原点の資料が残っている。「保守主義の政治哲学要綱」だ。保守主義の哲学は、健全なる常識を尊重し、自己の立場と共に他人の立場を尊重する寛容の精神に通ずるものだという。元衆院議長の大島理森氏は、自民党の哲学の引き継がれた精神の解釈の貴重な文書だという。この要綱ができた1960年は岸信介氏が総理大臣だった。日米安全保障条約の改定をすすめた。国会の大混乱を招いた。安保闘争が起きた。国内に分断が生じた。
