池上彰のニュースそうだったのか!! 池上彰の戦後80年SP 日本の第二次世界大戦
戦争の影響で北方領土が占領された。日本としては8月15日に戦争が終わったつもりになっていたが、戦後のドサクサに紛れて取られてしまったのが北方領土。国後島、択捉島、色丹島、歯舞諸島からなる北方領土は、19世紀半ば以降ずっと日本固有の領土。第二次世界大戦末期、日本とソ連は「お互いに侵略しない」との約束だったのに、ソ連は一方的に約束を破り日本へ侵攻。8月15日以降も攻め続けた。ソ連はその後「まだ降伏文書に調印していない」と言って、どんどん占領してきた。1945年8月28日から遅くとも9月5日までの間に北方4島全てを占領。つまり、降伏文書が調印された9月2日以降も北方領土に対するソ連の占領が続いた。1951年、領土を確定するサンフランシスコ平和条約で日本は千島列島を放棄したが、そもそも北方領土は千島列島に含まれていない。一方、ソ連は条約の署名を拒否し、「北方領土は千島列島に含まれる」と主張。こういった認識の違いが現在も続く北方領土問題の大きな原因。
政府としてはあくまで北方領土問題を解消し平和条約を結ぼうという方針は持っているが、ロシアがウクライナに軍事侵攻したことに対して日本がロシアを批判したこともあって、平和条約の交渉は中断されたままになっている。
戦後、世界から戦争をなくそうとしてつくられたのが国連。国連の正式名称を問われた都築拓紀は「国際連盟」と回答。国際連盟は第一次世界大戦の後にできた組織。1945年10月につくられたのは国際連合。国際連合は英語で何というか問われたACEesの深田竜生は「EU」、片寄涼太は「United Nationとか」と回答。United Nationsが正解で、これを国連と訳しているのは日本独特。直訳すると連合国なので、中国では連合国と訳している。つまり、第二次世界大戦で勝った連合国がつくった国際組織。第二次世界大戦でできた組織が今も続いている。連合国が「我々が中心になって平和を守ろう!」と、そのままの名前でつくった組織が国連。そんな国連の中で日本はまだ敵国だったのか。