- 出演者
- 藤森慎吾(オリエンタルラジオ) 小泉孝太郎 高嶋ちさ子 佐藤浩市
オープニングの挨拶をした。
今夜のSPゲストは佐藤浩市さん。父は名優・三國連太郎さん。息子も俳優として活躍している寛一郎さん。親子関係について聞かれた佐藤さんは「伝統芸能の世界ではないので、三國さんと呼んでしまう。撮影現場に連れて行ってもらうことが彼僕の接し方。当時は撮影所も今よりもっと大きかった。セットがシンメトリーであり、セットの真ん中に立ってみた風景が自分の中に焼き付いている。それが僕自身の原点、夢工場。僕も息子には親が何をしているのか見せたい。」などと話した。三國さんからお芝居を教わったりしたことは?という質問には「僕が役者をはじめてから最初の頃は距離を置く。ある程度演者として足元が見えてきたときから近くなるというか、話をするようになった。師弟でもなく、親子でもなく、同士として話をしていた。」などと答えた。寛一郎さんと演技の話はするのか?という質問には「聞かれればする。彼も少し一歩ずつ歩くようになったのでダメ出しもできるかな。逆に若い頃の方がダメ出しをしたくない。」などと答えた。
新潟・上越市は上杉謙信の出生地。謙信といえばドラマで上杉謙信役を演じた佐藤浩市さんにとっても馴染み深い場所。ここにとんでもないお宝を持つプラチナファミリーがいる。実は新潟は日本全国の蔵を見続けてきたスペシャリスト・山岡真司さんにとっても特別な場所。山岡さん曰く、新潟県は江戸時代、物流の拠点として栄え、古くからのお金持ちが多い日本屈指の地主王国。鑑定歴20年の経験からとんでもないお宝が眠っている可能性を感じるという。なかでも上越市には“上越名家四邸”と呼ばれる特に大きな屋敷を持つ大地主がいる。今回伺うのはそんな上越名家四邸のひとつ。今回のファミリーは保阪家十二代当主・保阪洋子さん。保阪家の敷地面積はサッカーコート2面分に相当する約4000坪。しかし昭和のはじめ頃はもっと広かったそうで、田んぼと敷地合わせて約200万坪あったという。200万坪とは東京ディズニーランド約13個分。保阪家は江戸時代中期にこの地に移り住み、米問屋などを営み大地主になった。最盛期には1000人の小作人を抱え、県内でも屈指の豪農として栄えた一族。玄関にある石像は「石人」という王や貴族の墓を守る石造りの像。
上越名家4邸の1つで江戸時代には県内屈指の大富豪だった保坂家。ご自宅にはたくさんのお宝が眠っている。英国製のバロック調机。昭和10年の電話帳もある。曽祖父の保坂貞吉さん。個人として全国多額納税者7位に入っていた。保坂さんの祖父にあたる保坂潤治さんの代には大正時代、保坂さんの祖父が払っていた税金は約24万円、現在の価値にすると約36億円。多額納税者だった祖父、潤治さんは歴史的なものを集めるかなりのコレクターで魯山人の屏風、円山応挙の掛軸など貴重なお宝だらけ。保坂家のお宝を鑑定。日本の歴史に新たな1ページを刻むお宝が。伊能忠敬の手紙、手紙の内容は北の空に現れた彗星を怖がる親族に伊能忠敬が科学の知識で優しく安心させる文面。彗星は尾を引いた姿から別名「ほうき星」と呼ばれている。天体観測の知識にも長けていた伊能忠敬。ほうき星のことを放屁星と書き、武運長久をブウン長久と書いてダジャレを披露。手紙の先には伊能忠敬が測量している様子を描いた絵もある。上杉謙信や北条時宗の古文書もあるという。
上杉謙信や北条時宗の古文書もあるという。鎌倉時代、元寇から日本を守った北条時宗。川中島の戦いで武田信玄と繰り広げた戦が今も語り継がれており、佐藤浩市さんもドラマで演じた上杉謙信。北条時宗と上杉謙信の古文書。北条時宗の古文書、1265年。幕府の命令を伝える公式文書。征夷大将軍を補佐し政治をまとめた最高の役職。この時の執権北条政村と、若き日の北条時宗の花押が書かれている。上杉謙信直筆の花押。上杉謙信の命令が記された古文書。仏間に払子があるという。栄西禅師が使っていたという。払子とは煩悩を払うため説法や法要の時に使われる仏具。臨済宗の開祖、栄西禅師が使っていた払子があるという。祖父が手に入れたという寿福寺に寄付したときに譲り受けたという。祖母の花嫁道具。保坂家の家紋、鏡はドイツ製。輪島塗。祖母ツマさんの実家、市島家も県内屈指の大地主。千町歩地主と呼ばれ、田畑を含めた坪数は300万坪。多額納税者ランキングでは保坂家は全国7位だったが市島家は全国2位。大地主同士の結婚の際に嫁入り道具として贈られた鏡。さらにたらいに湯桶もセットで鑑定。佐藤さんは嫁入り道具と予想、高嶋さんは栄西禅師の払子と予想、小泉さんは北条時宗の古文書と予想。鑑定歴20年の山岡真司さんに鑑定してもらう。最初に鑑定するのは?
1991年に佐藤浩市さんが上杉謙信を演じられた当時のこと。映画の撮影で中国に行って、ずっと馬に乗っていた。川の中を走るカットを撮る時、川の真ん中を行くけど、本番は右にズレてみようかなと思ったら、川が急に深くなっていた。中に大きな石があって、その上に馬が乗っかってしまって、前に落ちた。顔を上げた瞬間、後ろから来た馬の蹄が額に当たった。そこで、自分という人間の運を感じたのは、もし何秒が早く上がってたら、鼻の真ん中に蹄が当たって、アウト。もし水の中で反転しなかったら、後頭部をやられていた。どちらにしても絶命してた。その後は、戸板に乗っけられて病院。
保坂家のお宝鑑定。輪島塗の嫁入り道具一式。柄は蔓巻絵といって、繁栄・長寿・を意味する縁起物。家紋入りのドイツ製の鏡が付いている。市島家は多額納税者に入っていた。化粧道具の一本一本にも蔓巻絵が施されている。特に工房名や作者名があるわけではない。
明治時代の祖母の輪島塗の嫁入り道具一式の鑑定額は、20万円だった。漆のものは評価があまり高くなく、工房名・作家名があると評価が別だという。現状、どういった作家が携えわっているのか分からないことや、漆の工芸品はもっと手が込んでいるものがある。保阪さんは「私としては宝物」と話し、草薙アナは「改めてここにあるのが一番」だと話していた。
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続いては保阪さんは「伊能忠敬の古文書」だと話す巻物を査定。巻物には「伊能氏九州測量及び書簡」と書いていた。また、記載内容には「伊能勘解由」と記載があり、伊能忠敬が手紙などを描く際に書いた名前だという。伊能忠敬は49歳で隠居後に「勘解由」と名乗っていた。保阪さんは昔から蔵に入っていた。紙の時代感や紙の折り目などが査定ポイントなる。また、査定中に測量図は明治時代以降につけた可能性が大きいとの意見があった。保阪さんは「10万くらいですかね。」と予想したが、鑑定結果は「50万円」だった。物の保存状態と伝来を含めた査定値段だという。また、手紙の査定は内容次第で変わるという。
番組最高額を大幅更新!上越屈指の地主一家でお宝鑑定 5つのお宝 最も高いのはどれ?鎌倉時代の北条時宗の古文書を鑑定する。鎌倉時代に2度のモンゴル襲来を退けた時、日本を率いた執権・北条時宗、その直筆の花押が入った鎌倉幕府の公式文書は、文永2年(12365年)の下知状である。下知状とは鎌倉時代や戦国時代に将軍の命を奉じて、家臣などが発給した命令文書である。鑑定のポイントは、鎌倉時代の紙は和紙を作る技術が未熟で紙にムラが出る。本物かどうかの判定基準は、研究者じゃないとわからない。鑑定してもらう保坂さんの祖父、潤治さんのコレクションは東大教授たちの研究材料に使われていた。鑑定額は80万円だった。山岡さんによると、“時代感のある書状なのは間違いない。下知状なので数はある。公式文書はたくさんあるので評価が上がりにくい。貴重な感じはしない。”などとしている。
戦国時代の上杉謙信の書状、鎌倉時代の栄西禅師の払子のどちらかが番組最高額の歴史的なお宝。続いては栄西禅師の払子。鎌倉時代に日本に臨済宗をひらいた栄西禅師が使ったと伝わる払子。木箱にはこの払子は栄西禅師が宋の時代に中国から持ち帰った7つの宝物のうちの1つで、鎌倉の寿福寺に残したと記されている。木箱の中に入っていた手紙は辻善之助が書いたと見られる手紙が入っていた。辻善之助は東大の史料編纂所の所長として日本の歴史の資料を研究し、まとめあげた第一人者。日本史研究の世界では神様のような存在。辻先生が書いた手紙には箱書きは南北朝の時代より前だと書かれているが中身には触れていない。しかし払子も大きいお寺の宝物だったことは間違いないという。山岡さんいわく払子の編み方は少なくとも江戸時代より前の編み方だという。また毛の部分は馬の毛で、状況証拠として信憑性は上がってくるという。
佐藤浩市さんに大事にしている宝物を聞いてみると「僕はそういう物欲が全く無い人なんですよ」などと話した。
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およそ800年前、臨済宗の開祖「栄西禅師」が中国から持ち帰ったと伝わる「栄西禅師の払子」をちさ子さんは200万円と予想したが、鑑定額は500万円だった。鑑定士によると、払子のみではなく、はこなどがセットで揃っているので評価が高いとのこと。
オープニング映像が流れた
福島県いわき市は、県の南東部の太平洋の沿岸にあり、明治時代に石炭の採掘が始まり、炭鉱都市として発展した。その跡地に、温泉を活かしたリゾート施設が出来ている。菅波香織さんは弁護士で、性別に関する問題に力を入れ、小中学校でいじめを防ぐ授業もしている。週に一度、仕事のストレスを発散するために始めた「ベリーダンス」を行っている。ベリーダンスを選んだのは、発祥の地であるエジプトが子供の頃から好きだったからだとのこと。
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次回の私の幸福時間の番組宣伝。
この古文書は上杉謙信が忍びを使っていたことの証拠となった歴史的資料として展示会に出典されるなど近年注目されていたもの。上杉謙信の署名が入ったこの命令文の鑑定額は800万円。評価のポイントは上杉謙信の新たな戦術を証明した文書であったこと。保阪家ではこれらのお宝を展示会などのため上越市に預けるということ。
訪れたのは東海道五十三次、江戸・日本橋から二十番目の宿場町「丸子宿」があった、静岡県静岡市駿河区。徳川家康のお膝元・駿河国。1596年創業の「とろろ汁の丁子屋」は、400年以上続くとろろ汁の名店。静岡県産の自然薯をたっぷりすりおろし、生卵・自家製の醤油を加えて、かつお出汁と白味噌の濃いめのお味噌汁を加え混ぜて作っている。丁子屋は東海道五十三次の宿場町、丸子宿の休憩所として、とろろ汁を提供していた。十返舎一九の東海道中膝栗毛や松尾芭蕉の詩などにも、とろろ汁が登場している。
