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製鉄や造船など近代化の礎となった資産が一つの世界遺産「明治日本の産業革命遺産」として登録されている。中でも萩は産業革命につながる多くの人材を輩出した。2つの川に抱かれた三角州全体がかつての城下町。長州藩の礎を築いた毛利輝元が三角州の山裾に白を築いたのは1604年。海に突き出した指月山と城跡も世界遺産の一部。幕末、薩摩などと並んで屈指の勢力を誇った長州。明治の始めまではここに天守がそびえ城下の営みを見守っていた。萩では城跡を含む城下町の一部、松下村塾などが世界遺産に登録されている。江戸末期の萩の町を描いた絵図を見せてもらった。絵図に描かれた城下町の様子が今なお受け継がれていることが世界遺産登録を後押しした。「金毘羅社 円政寺」にある木製の神馬は幼い頃の高杉晋作と伊藤博文がまたがって遊んでいたと言われている。口羽家住宅は萩にある武家屋敷でもとりわけ保存状態が良く、一部が一般公開されている。
口羽家の敷地に夏みかんの木があった。幕府を倒したことは皮肉にも武士自ら職を失うことにつながった。養蚕や陶磁器づくりで生計を立てようとするも上手くいかず、唯一成功したのが夏みかん栽培だった。やがて萩は全国有数の産地となり、夏みかんは明治から昭和の半ばまで町を支えた。武家屋敷の塀が冬の冷たい風から夏みかんの木を守るのに適していた。だからこそ塀は今日まで壊されずに残った。さらに、鉄道が三角州の外側に敷かれたこと、第二次大戦の戦火を免れたことも萩の美しい街並みが残された要因だ。
城下町の横を流れる川沿いに桜並木が続いている。明治30年、この川岸に桜を植え始めたのは萩出身の名士たち。その中には松下村塾の門下生がいた。松陰神社は吉田松陰の住まいだった場所。日本を強くするために己の目で世界を見たいと考えた松陰は下田で黒船に乗船し密航を試みるもあえなく失敗。後に萩の自宅に幽閉される。松下村塾では身分は不問、学びたいという志さえあれば誰にでも門戸は開かれていた。多くがその後の日本を動かす人材へと育っていった。松陰は塾生に欧米の先進国に目を向けるように説いた。松陰が注目したのはアメリカ独立戦争。
松陰の教えがきっかけとなり5人の若者がイギリス留学を果たした。その名も長州ファイブ。捕まれば死罪覚悟の密航留学。井上勝は帰国からわずか4年で日本初の鉄道を開通させた。八幡製鐵所の建設に尽力した人々の中に長州ファイブの2人の姿が。今では修繕工場などの関連施設が萩と並んで世界遺産に登録されている。
開国からわずか数十年、急速な近代化を支えた23の資産が世界遺産になった。松下村塾の萩の5つの資産はその黎明期を担った。
「世界遺産」の次回予告。
幕末に作られた萩反射炉は鉄を溶かし西洋式の大砲を作ろうとしたが上手くいかなかった。それでも近代化を目指し試行錯誤した証として世界遺産になった。
萩市立明倫小学校では毎朝クラス毎に吉田松陰の残した言葉を朗唱する。
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