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今回の世界遺産はイタリアの「ボローニャのポルティコ」よ「アペニン山脈北部の蒸発岩カルストと洞窟群」。
サン・ルカ教会はローマカトリックの教会で12世紀に建設が始まったと言われる。サン・ルカ教会が建つ丘の下にあるのがボローニャの街。ボローニャは古代ローマ時代から交通の要衝として発展してきた。ポルティコと呼ばれるアーケードがある街並みが世界遺産。隣り合う建物がポルティコでつながっている。ポルティコは13世紀以降、貴族の邸宅や庶民の家、店舗、公共施設など様々な建物をつないできた。総延長は62kmに及ぶ。ボローニャに人口が集中した中世、ポルティコは狭い土地を有効に活用するために生まれた。道路の上に建物を増築したことで下の部分はアーケードとなった。当初は各々勝手に増築したため、違法建築とも言えるものだった。ボローニャが自治都市となった13世紀になるとまちづくりの有効な手法として認められ、条例でポルティコの設置が義務付けられた。街から丘の上のサン・ルカ教会に続くポルティコがある。
アペニン山脈北部の蒸発岩カルストと洞窟群は600万年前、地中海が干上がるという打事件から生まれた。この一帯は石膏でできた白い山がたくさんある特別な地域。山の頂上にあったのはウニの化石。地中海は西と東の海峡で外の海と海水の行き来があった。しかし600万年前、そこが地殻変動で塞がれた。外洋から海水が流れ込まなくなり長い年月をかけ水は蒸発、ほとんど干上がった。これがメッシニアン期塩分危機。海水には石灰や石膏、塩など様々な成分が溶けている。水が蒸発するとそれらは結晶となり沈殿、干上がって固まったものが蒸発岩。その後隆起することで山となった。石膏の大地は地球の歴史を伝える貴重な例として世界遺産となった。
アペニン山脈には石灰の結晶がある。天然の石なのにガラスのように透明。ローマ人は薄く剥がして窓ガラスの代わりに使った。縦に細長い形をした石膏もある。雨が表面を流れ落ちながら溶かし、途方もない時間をかけてこのような姿になった。
オンフェルノ洞窟は岩の割れ目から入った水が徐々に石膏を溶かし洞窟を広げていった。この地に900を超える洞窟があることも世界遺産登録の理由の一つ。
「世界遺産」の次回予告。
アペニン山脈北部の蒸発岩カルストと洞窟群の周辺にはブドウ畑が広がっている。石膏が溶け出したミネラル豊富な土壌は白ワイン用のブドウの栽培に適している。石膏や石灰石が雨や地下水で溶かされてできた地形をカルストという。すり鉢状に窪んだドリーネは石膏の大地が少しずつ水に溶かされ長い時間をかけてできた。ドリーネの下にあるスピポラ洞窟には直径30mもの空間があり、鍾乳洞があった。
「ベスコングルメ」の番組宣伝。
