- 出演者
- 池田伸子 伊藤海彦 藤原陸遊 道上美璃
オープニング映像。
きょうの募集テーマは「カレーライスの思い出」。徳島県の視聴者からの「73歳の自身のカレーの思い出は、当時肉がなくサバ缶やちくわが入っていた」などとのエピソードを紹介。
東京江東区・亀戸天神社から中継。都内屈指の藤の名所で、藤棚が広がっている。江戸からの名所で、創建1662年で当時から藤が植えられていた。歌川広重が亀戸天神社の境内を描いた絵には藤の花が描かれている。藤の見頃は今週末いっぱいの見込み。
先月までの変動金利の推移をみると、2024年後半から上昇傾向になっている。そして、今月から適応する新規の借入を対象にした変動金利では、メガバンクの一部でもっとも優遇する場合の水準が1%を超えるところがでてきた。メガバンクの平均でも1%を超えていて、15年ぶりの水準だという。毎月の負担額について。35年ローンで金利が0.75%から1%に上がった場合で、3000万円の借入で約3400円、5000万円の借入では約5700円、1億円の借入で約1万1500円などとなっていると伝えられた。背景にあるのは、日銀の金融政策・利上げ。今後も日銀は追加の利上げ姿勢を示しているため、上昇傾向が続くとみられている。固定金利について。固定金利も上がっているという。イラン情勢によるインフレ懸念から、10年ものの国債の利回りは、27年ぶりの高い水準になったこともあり、これを反映するかたちでフラット35の金利は、過去最大となっている。金利は2.49%となっている状況。借入額を増やすためにペアローンを組んで、かつ返済期間を長期する動きがみられているとのこと。5000万円の借入額で金利は1%の場合、ローン返済期間が35年の場合、毎月の返済額は14万1143円。50年の場合、毎月の返済額は10万5930円とのこと。ペアローンで35年以上の返済を希望している人について、2025年1月20代は17.3%、2026年4月20代は61.4%、2025年1月20代以外は61.4%、2026年4月20代以外は33.9%だと紹介された。塩澤崇さんによると、「金利だけでなく住宅価格が上昇し、借入額事態が増える傾向となるなか、月々の負担を減らそうとする借り方に変化が生まれている」という。
「大河ドラマ 豊臣兄弟!」で藤吉郎(豊臣秀吉)役の池松壮亮さんにインタビュー。池松さんにとって3回目・19年ぶりの大河ドラマとなる。池松さんは「親しい仲野太賀さんが主人公の大河ドラマが発表されてすごく嬉しかったのですが、僕が豊臣秀吉にオファーされるのは想像していなかったのでビックリしました。1年半、豊臣秀吉を演じるのは無理ではないかと思いましたが、こんなに素晴らしい機会はないということで飛び込みました。姉川の戦いは、豊臣兄弟にとってとても苦しい回だったと思うし、兄弟が直面する次のステージだったように思います。第二話の『お天道様みたいになりなさい』というシーンをよく思い出しますね。兄弟がお天道様を目指すドラマであってほしい」などと話した。
「大河ドラマ 豊臣兄弟!」のイベント「イベント VR体験 サムライの見た夢~幻の豊臣大坂城~」を紹介。VR映像で大坂城を見ることができるという。5月31日まで、渋谷BEAM4階ギャラリーにて開催。
横須賀市で、各地のご当地カレーライスが食べられるイベントが開催された。山形のさくらんぼカレーや、福岡・北九州の門司焼きカレー、愛知・豊橋の飛騨牛揚げおにぎりチーズカレーなどがある。
東京・神保町はカレーの街でもあり400軒ものカレー店が集まっている。神保町がカレーの街となるきっかけとなった店の一品は「欧風カレー」。このカレー店を開いたのは1階で古本屋を営むビルのオーナー・高山肇さん。ビルに食べ物屋を入れようとした際、思いついたのが高山さんがイギリス留学中に食べたカレーだったという。
「カレーで思い出すのは学校の修学旅行で食べたカレー。とにかく辛かった。ところがクラスメートたちの半分くらいは普通の顔で食べていた。その時はじめてそれぞれの家庭のカレーの辛さは家によって違うのだと知り、カルチャーショックを感じた。我が家は甘口よりだったかな。」というお便りを紹介した。
「希少疾患」とは患者数が極めて少ない病気で日本では患者数が5万人未満の病気のことを指している。症例が少ないことから診断が遅れる、治療法が限られる、病名のない希少疾患もあるという課題がある。今回当事者家族を取材すると希少疾患だからこそ当事者を救うつながりの必要性が見えてきた。長崎・長与町に住む永田圭子さんは4人の息子のうち10歳の拓土さん、24歳の晴也さん、19歳の祥人さんの3人と一緒に暮らしている。3人には世界的にもまれな遺伝子異常が原因で起こる病気がある。いつもと違う状況や刺激の多い環境では落ち着いて行動することがなかなかできない。カメラが入ったこの日はすぐにリビングに出てくることができなかった。また、食事を噛まずに飲み込んでむせて吐き出してしまう場面もあった。この病気では知的障害や刺激に過敏に反応してしまう症状などが報告されている。子どもたちが幼い頃はあやそうとするだけでも激しく抵抗されたという。命をつなぐための育児すら思い通りにならなかった永田さんは不安と焦りであちこちの病院を尋ね回った。しかしいつもかけられる言葉は「様子を見ましょう」だった。原因が分からないままではどこにも相談できず、永田さんは孤独を深めていった。最後に頼ったのは諫早市の医療機関の近藤達郎医師だった。遺伝性の病気が専門の近藤医師のもとには原因が分からずに悩む患者とその家族が全国各地から診察に訪れている。その近藤医師でもすぐには診断をつけることができなかった。そこである研究プロジェクトにわずかな望みをかけてみることにした。「未診断疾患イニシアチブ」は診断がつかずに悩む患者に対し、遺伝子解析など最先端の技術で原因を特定しようとする取り組み。日本では2015年から始まった。3人の息子の遺伝子を解析した結果、長男が15歳になった9年前、ようやく「KAT6A」という遺伝子に変異があることが分かった。アジアでは初めて発見された病名すらついていない病気だった。診断がついたことで先が見えなかったこの病気の治療にかすかな希望を感じることができるようになった。近藤医師は海外の研究論文を読み込み、治療の参考になる情報を探した。
永田さんもアメリカで活動する同じ病気の当事者団体とつながることができた。団体から教えてもらった情報をもとに息子たちとの意思疎通に筆談やハンドサインを使うようになった。永田さんは自分のほかにも孤立している当事者がいるはずだと考え、3年前、日本で家族会を立ち上げた。現在関東や関西などに住む7つの家族がつながりオンラインで交流している。当事者家族にとって永田さんは病気と向き合う勇気を与えてくれる存在となっている。家族会が互いの支えになっている一方、永田さんは当事者家族が連携するだけでは新たな治療法の開発につなげるのは難しいとも感じている。希少疾患の治療につながる研究を促進するため患者やその家族と専門性の異なる様々な組織が連携する動きも始まっている。その中心的な役割を担っているのは「日本希少疾患コンソーシアム」だ。この団体は患者やその家族を起点にして病院などの医療機関、大学などの研究機関、製薬会社などの企業、それに行政の橋渡し役となり連携を促している。それぞれの強みをいかし、人材・研究資源・資金を共有し、新たな治療法の迅速な開発をしようとしている。発足してから3年、希少疾患を身近な課題と考える医療分野以外の企業も連携に加わるようになっている。代表の医師はこうした連携が加速すればたった1人しか患者がいない病気であっても治療薬を開発できる未来が実現できるのではないかと考えている。取り残されがちな希少疾患の当事者たちを救う“つながり”。永田さんは頼れる場所が広がり、誰もが前を向ける社会になることを望んでいる。
希少疾患は患者数が5万人未満だが、遠い存在ではない。日本希少疾患コンソーシアムの代表をつとめる青木医師によると「病気の一つ一つを見ると患者数はとても少ないが、“希少疾患”が世界に7000以上あるとされていて全体でみれば希少疾患に関係する人は20人に1人程度と決して少なくない」とのこと、などと伝えた。
東京・「阿佐ヶ谷パール商店街」から中継。商店街のアーケードに、「見逃しがちな場所にいるフクロウ」を見つけた。なぜそこにフクロウがいるのか、周辺の人に聞くことにしたが分かる人はいなかった。
