昭和世代の弁当の定番は「桜でんぶ」。昭和の三色丼は、桜でんぶが三色の一つとして定番で、お弁当や食卓で大活躍していた。また、ヤマト食品で桜でんぶの製造工程を見せてもらった。「桜でんぶ」は、スケソウダラの身を乾燥させ蒸したものを細かく粉砕し、塩漬けしていないスケソウダラと塩漬けしたスケソウダラを食紅と一緒に混ぜ合わせ、食紅で着色した砂糖を加えて完成。
昭和の時代、カラオケは利用客ごとに一つのコンテナを一部屋として利用。不完全な防音設備で音がダダ漏れだった。顔も知らないグループ同士で歌の上手さを競い合う者もいた。かつてのカラオケボックスには目次本で、歌いたい曲の歌手名を五十音の中から辞書のように探し、番号を毎回リモコンで入力していた。2002年以降に電子目次本が登場すると目次本は徐々に数を減らし、2020年3月に生産終了となった。現在はアーティストの本人映像が流れるが、昭和~平成時代はイメージ映像が主流だった。海の映像が多いのは、海を舞台にした楽曲が多いからという。また、カラオケ映像の多くは使い回しのランダム再生で、1回のカラオケで同じ映像を何度も見ることがあった。
1985年、岡山県の男性が改装した船舶用のコンテナにカラオケ機材を持ち込み歌い放題で貸し出したのが始まりと言われている。当時の料金は、何人で入室しても一部屋1時間2000円などが多かった。若者を中心に人気が爆発し、カラオケは国民的レジャーになった。コンテナ型カラオケボックスは全国に普及。1990年代に入ると状況は一転し、バブル崩壊でテナントビルに空室が増加。カラオケ店はこぞってビルの中に出来て、コンテナ型から屋内型が主流となった。コンテナ型はほとんど見かけなくなったが、群馬・富岡市にある1989年創業「カラオケキャビンファミリーボックス」は10部屋の個室&パーティールームを備え、現在も営業している。昔の名残りで目次本も置いてあるが、使う人はほとんどいないという。
昭和の時代、カラオケは利用客ごとに一つのコンテナを一部屋として利用。不完全な防音設備で音がダダ漏れだった。顔も知らないグループ同士で歌の上手さを競い合う者もいた。かつてのカラオケボックスには目次本で、歌いたい曲の歌手名を五十音の中から辞書のように探し、番号を毎回リモコンで入力していた。2002年以降に電子目次本が登場すると目次本は徐々に数を減らし、2020年3月に生産終了となった。現在はアーティストの本人映像が流れるが、昭和~平成時代はイメージ映像が主流だった。海の映像が多いのは、海を舞台にした楽曲が多いからという。また、カラオケ映像の多くは使い回しのランダム再生で、1回のカラオケで同じ映像を何度も見ることがあった。
1985年、岡山県の男性が改装した船舶用のコンテナにカラオケ機材を持ち込み歌い放題で貸し出したのが始まりと言われている。当時の料金は、何人で入室しても一部屋1時間2000円などが多かった。若者を中心に人気が爆発し、カラオケは国民的レジャーになった。コンテナ型カラオケボックスは全国に普及。1990年代に入ると状況は一転し、バブル崩壊でテナントビルに空室が増加。カラオケ店はこぞってビルの中に出来て、コンテナ型から屋内型が主流となった。コンテナ型はほとんど見かけなくなったが、群馬・富岡市にある1989年創業「カラオケキャビンファミリーボックス」は10部屋の個室&パーティールームを備え、現在も営業している。昔の名残りで目次本も置いてあるが、使う人はほとんどいないという。