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「ホームランバー」 のテレビ露出情報

アイスクリームの歴史を調査、アイスクリーム専門家のアイスマン福留さんが紹介する。日本のアイスクリームの始まりは明治2年、横浜の馬車道通りで初めて販売されたが今の金額で6000~8000円と高額で当時は冷やすことにコストがかかりアメリカボストンから船にのせて氷を運んでいたという。大正時代半ばにはアイス製造が工業化、アイスが家庭で食べられるようになった。昭和30年にはデンマークからアイスバーマシンが導入され大量生産が可能となりホームランバーが誕生、当たり付きにしたことで爆発的ヒットとなった。1970年には大阪万博の影響が大きくその時期を境にアイスがファッション化、有名アイスが続々登場した。1971年に高級アイスの先駆けレディボーデンが発売、おやつとしてだけでなく食後のデザートとして食べるようになる。1973年にはあずきバーが発売、ぜんざいをそのままアイスにというコンセプトで誕生し和菓子製造の技術を生かして約100粒のあずきを均等に入れている。全国約9割のスーパーにおかれ、作る際に使用する乳化剤などを使用せず小豆本来の味を楽しめる。1978年発売の宝石箱はバニラアイスの中に宝石イメージのフルーツ味の氷がちりばめられたもので高級だった。1981年にはガリガリ君が発売、赤城乳業の看板赤城しぐれを片手で食べられるよう開発、また冬の定番雪見だいふくは冬の売り上げが厳しかったがこたつで食べるアイスとして開発され大ヒット冬限定が人気の高さから通年での販売となった。前身となったわたぼうしはマシュマロで包んでいたということ。1983年はセブンティーンアイスが発売、17歳学生ターゲットに17種類のラインナップ、発売から2年はショーケースで販売していたが自販機タイプでボウリング場に設置すると大ヒット、駅やスイミングスクールを中心に現在全国2万台が稼働する。一番人気はクッキー&クリームだが設置場所により一番が異なるということ。
1990年代にはバブルがはじけ、コスパ時代になる。1994年発売の明治エッセルスーパーカップは技術の明治によりプレミアムアイスクリームの食感を100円で大容量を実現した商品で30年間アイス業界の第一線を走ってる。1999年発売の爽は微細氷のしゃりっとした食感と濃厚なのにスッキリした味合いで大ヒット、四角いパッケージはスーパーなどできれいに並べて見つけやすいためで現在期間限定も含め100種類以上のフレーバーが登場している。2003年にはクーリッシュが発売、持ち運びしやすく瞬間クールダウンできる飲むアイスとして開発、季節ごとに微細氷の大きさを変えている。このあと2000年代最大のヒット商品が登場。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月30日放送 10:30 - 11:25 日本テレビ
オー!マイゴッド!私だけの神様、教えます(オー!マイゴッド!私だけの神様、教えます)
年間1000個食べるアイス評論家・アイスマン福留。トランクルームにアイスパッケージを保管する。1960年に発売された「ホームランバー」は日本初の当たり付きアイス。長嶋茂雄さんを広告に起用。キャラクターのホームラン坊やは12代目。1974年には「パピコ」が発売。当時江崎グリコでは「ぱぴぷぺぽ」が入った商品がヒットするという法則から付けられた。1981年に発売し[…続きを読む]

2025年8月27日放送 9:26 - 11:00 テレビ東京
なないろ日和!(オープニング)
オープニングトークとしてきょうはジェラートの日と紹介した。暑いとアイスを食べる機会が増えたが好きなアイスについて香坂さんは「あずき」薬丸さんは「抹茶アイス」などと話した。

2025年5月11日放送 7:30 - 10:25 日本テレビ
シューイチ今昔NEWSイッチ
大人気アイスクリームの歴史。中山さんは「ホームランバーは、子供の時は”まずコレ”だった。夏のプールの帰りを思い出す」などと話し、田中さんは「現役時代は体重制限でスーパーカップを全て食べられなかったが、引退後は全て食べ切った」などとコメント。

2025年5月9日放送 1:30 - 2:30 テレビ東京
出川サンド伊達すばらしきバカ舌の晩餐会出川・伊達×超人気店の豪快まかない飯
東京・新宿区にある「釜焼鳥本舗おやひなや」は、讃岐うどんや骨付鳥など四国の郷土料理の居酒屋。まかない飯は約3000キロカロリーの「超こってり讃岐うどん」。アルバイトの黒岩さんは「 重く感じるかもしれないが、食べやすい。みそ・バター・肉・チーズが合ってる。」などと話した。

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