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「太平洋戦争」 のテレビ露出情報

あくる朝、最長老の廖さんが石田さんと向き合った。語り出したのは日本統治下の少年時代。廖さんは「中日戦争の時、僕は小学6年生。あの時は日本の騎兵隊はあちこち行くから食うものが少ない。だから台湾の学生を利用して、台湾で馬の料理を準備して大陸へ送っていく。台湾人は日本兵になれないから軍務として徴兵されて戦争の補給をする。工業学校に入って2年後、台北の大空襲。今の総督府、爆弾で破壊された半分破壊された。少しずつ米を盗んで食べて発見される。逃げ帰ってきて、学校から通知がきた。部隊に行かなければ退学せよと。だけど翌日には日本は天皇陛下が降参の報を」など話した。太平洋戦争が終わり廖さんは軍人として33年間働いた。その後、ホテルにつとめ今の家を建てたという。また、あなたの人生は充実していたか質問されると廖さんは「苦しいことは多い。だけど後悔はしない。時代の問題だからしょうがない。(100歳まで生きることができるかは)考えられない」など話した。家主さんの人生を知るのは石田さんの最大の楽しみ。こうして台湾の旅は終わった。
鹿児島市で迎えた2025年3月14日。石田さん34歳の誕生日。「今晩泊めてください」と書かれた紙を広げて路上に立っていると男性に声を掛けられた。その男性は「僕も友達のところに泊めてもらっているから。泊めたいんだけどね。これいい考え。僕もあちこち旅行している。今カンボジアから帰ってきたばかり。ボランティアでカンボジアへ。そこで日本語と英語を教えたり。農業を教えたり色んなことをしている。家も何もないけど、もう全部売った。持ち物は5キロ、下着、半袖が2枚、半袖が2枚、パンツが3枚。物は持たない方が良い。物があるとホントだめ、物に縛られる。物から支配される。君もそうだろうけど動けば色んな人とつながりが出てくる。あんまり心配することはない。せっかく生まれたからにはやりたいことをやる」など話した。大先輩に背中を押された自分の生き方。リュックひとつ、体ひとつでさすらっていく。石田さんの自由な日々はいつまで続くのか。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月23日放送 9:33 - 10:00 NHK総合
走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史(走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史)
大正11年、イギリス皇太子エドワードが来日した。エドワードを迎えるために作られたのが10号御料車、国賓をもてなすための専用車両。特徴は車内の入口をかねた展望デッキ、ここから日本の風景を堪能できた。展望室は当時最大級の窓ガラスが使用されている。主賓のための御休憩室の壁には花柄のランプがあり、透胎七宝という技法で作られている。この御料車が計画された当時、日本外交[…続きを読む]

2026年2月16日放送 20:00 - 21:54 テレビ東京
世界!ニッポン行きたい人応援団(世界!ニッポン行きたい人応援団)
2026年1月、吉川宗太朗さんがカナダへやってきた。その理由がプロジェクトに取り組んでいるが遅れが生じていているという連絡を受けて、急遽カナダへ向かった。来日後SNSのやり取りをしたりしていたという。滞在できるのは2日間でバンクーバー国際空港から車と船で2時間半でユクルーレットに到着。一夜明けて翌朝ジェイソンさんに内緒でサプライズ訪問した。そしてこれなかった[…続きを読む]

2026年2月16日放送 6:30 - 7:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(ニュース)
太平洋戦争中、アメリカで日系人の強制収容につながった大統領令が署名されてから19日で、84年となるのを前に、日系人が多く住むカリフォルニア州で当時の出来事を語り継ぐ催しが行われた。

2026年2月15日放送 18:00 - 18:05 NHK総合
ニュース(ニュース)
太平洋戦争中、アメリカで日系人の強制収容につながった大統領令が署名されてから19日で、84年となるのを前に、日系人が多く住むカリフォルニア州で当時の出来事を語り継ぐ催しが行われた。

2026年2月8日放送 8:50 - 8:57 NHK総合
発掘!鉄道お宝フィルム(発掘!鉄道お宝フィルム)
「TOKYO-PEKING」は東京から北京までの鉄道の記録で、全編英語のナレーションがついている。乗客はなぜか、欧米の女性。すでに日中戦争が起き、北京には臨時政府がつくられていた。映画が製作されてから3年後、太平洋戦争が勃発する。立教大学の千住一教授は「観光映画といわれるジャンルの1つだと思う」と話す。当時、日本は外国人の観光客誘致に力を入れていた他、円安も[…続きを読む]

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