- 出演者
- 桑子真帆
能登半島地震の救助活動の初動を検証する。
- キーワード
- 令和6年 能登半島地震
1月1日、救助の現場を苦しめたのは被害の情報の不足。被害状況を確認するためには現地に入って確認するしかないと応援要請を受けた各機関が動き出した。陸上自衛隊は陸路で出動。奥能登に差し掛かると道路の陥没などに行く手を阻まれる。空からの情報収集も容易ではなかった。奥能登上空に到着した時、日は沈み停電もしていたためほとんどを状況は分からなかった。夜9時過ぎ、金沢の対策本部に県外から消防や自衛隊が集まってきたがそれぞれの機関がそれぞれの情報を元に動く状況が続いた。情報の取りまとめを呼びかけたのは陸上自衛隊・兵庫さん。
2日目、被害状況は明らかになってきたものの救助の人員や装備不足に苦しめられた。空から一気に部隊を導入する作戦が行われた。自衛隊機で約360人が輪島・珠洲などに投入された。消防本部では奥能登の119番を集約するシステムがダウンし消防署員がメモ書きで対応するしかなかった。陸路では消防や自衛隊の小型車両が珠洲市内に到着。しかし大型車両はほぼ辿り着けず救助ができない人もいたという。2日午後には自衛隊船が金沢を出港したが海底の隆起などで奥能登の港に接岸することができず救助は思うように進まなかった。2日目まででのべ129件の救助・搬送が行われた。
生存率が下がるとされる72時間が迫る中、想定外の事態にどう対応するかが問われた。ヘリの燃料の補給基地とすることになっていたのと里山空港は地割れの影響などで使用できず、小松空港から片道50分かけて飛ばざるを得なくなり現地で救助活動ができる時間は約20分に限定された。救助現場では燃料節約などのため低ホバリングを実施。陸路でも3日目になっても大型車両はほとんど現地に入れていなかった。1月4日、72時間が経過。4日間でのべ454件の救助・搬送が行われた。
能登半島地震の初動4日間で各機関が陸路と空路で辿り着けた場所をまとめた地図を紹介。輪島・珠洲に到着して活動した人数は4000人余り。亡くなった人のうち凍死・低体温症が原因と判明しているのは32人。初動で救助が届ききらなかった要因について、永田氏は応援前提の体制と組織間連携の難しさを指摘した。8月26日に国は災害対応強化の方針として、司令塔機能の強化、発災時の応援体制の確保を発表。今回の初動対応の検証で見えてきたのは民間団体や専門ボランティアが大きな役割を果たしていた。
国際災害対策支援機構は住民の安否が不明だった孤立集落をまわった。現地ではインターネット回線を設置し孤立住民が連絡ができる環境を作った。人命救助を高い技術で支えた民間団体もある。重機ボランティアDRT JAPANは地震が起きた1時間後には出発。2日の午後3時に輪島の市街地に重機を持って入り、消防士に重機の使い方を教えた。さらなる迅速な救助のためにも民間が蓄積したノウハウを生かす仕組みが必要だと感じている。
民間団体・専門ボランティアは海外では災害時に大きな役割を果たしている。ドイツでは政府系防災組織に8万人以上が所属、イタリアでは約30万人がNPOなどで活動している。永田氏は民間の力を活用するような取り組みを検討していく必要があるとした。最新デジタル技術を使った公的な取り組みも始まっている。永田氏は災害時に混乱している現場で誰がデータを入力するのかなどの課題を今後クリアしていく必要があると見解を示した。