- 出演者
- 桑子真帆
今年7月、政府は全国35か所の国立公園でホテルを誘致するなど、宿泊施設を整備する方針を打ち出した。背景には訪日外国人旅行者をさらに増やすと共に、東京・名古屋・大阪などの三大都市圏に集中する旅行者を地方に分散させたいという狙いがある。この方針には自然破壊につながるのではないかという意見も出ているという。沖縄・恩納村には年間約300万人の観光客が訪れる。村内で最も人気のある観光スポットの一つが沖縄海岸国定公園内にある真栄田岬。海面が太陽光を反射して輝く「青の洞窟」は地元でも知る人ぞ知る観光スポットだったが、SNSなどで紹介されると多くの観光客が訪れるようになった。この海域でサンゴの生態調査を行っている琉球大学・中村崇准教授は記念撮影の際にサンゴを掴むなどすることで死滅したり、再生が遅れたりする可能性があると話した。村では3年前、内閣府と共に実証実験を行った。2021年11月から約1か月、真栄田岬周辺の海で利用時間と利用人数を制限し、自然環境や観光業への影響を調査した。ところがレジャー業者からは規制に十分な協力が得られなかった。しかし、利用を制限しないままでは結果的に観光客の満足度を下げていることも分かった。青の洞窟の入口では渋滞が発生し、美しい自然を楽しめない状況が生じていた。実証実験で行ったアンケートでは観光客の半数以上が一度に洞窟内に入る人数は5人未満にしてほしいと回答していた。さらに住民の生活にも支障が出ていた。夏のハイシーズンには180台収容する駐車場が観光客で溢れかえっていた。渋滞に巻き込まれて仕事に行けない人や道路に違法駐車する車もあったという。どうしたら自然を守りながら観光を続けられるのか、自治体とレジャー業者の対話は続いている。
海外には規制を行うことで持続可能な観光へと舵を切った地域がある。アメリカ・ハワイ州のハナウマ湾自然保護区でもかつて観光客が集中し、自然破壊が問題となり、住民からも不満の声が寄せられていた。州は観光客の数を増やすのではなく、1人あたりの消費額を増やすことにした。コロナ禍によって観光客が激減したことで自然の回復がみられたという。ハナウマ湾では入場者がゼロになったことで海の透明度が56%改善。この結果を受けて1日平均3000人から1400人までに入場を制限。週2日はビーチを閉鎖し、入場料を12ドルから25ドルに引き上げた。入場前に講習を受けることが求められ、自然環境を守るマナーを徹底される。州はこうした転換を行うにあたって、観光業者や住民と話し合いを重ねた。特に観光業者に対しては規制があっても長期的にみればビジネスが持続可能になると説得した。戦略転換から5年、観光客数は8%減少したが、総消費額は16%増加した。
沖縄では観光客が溢れかえり、自然が破壊され、地域住民も不満を抱いている。ハワイでは戦略転換を行ったことで観光客・観光業者・住民・自然の満足度を上げている。九州大学・田中俊徳准教授はハワイは量から質に転換した。自然を守ることが新しいビジネスにつながっていると話した。持続可能な観光を推進していくためには長期的なビジョンをつくり、複雑な利害関係を調整していくようなリーダーシップを発揮できる行政が必要。戦略転換について、田中俊徳准教授は人数を制限したり、ガイドの同行を義務づけるといった規制的なルール。宿泊税や入場料の徴収したり、協力金を要請するといった経済的ルール。混雑カレンダーを提示したり、観光客への事前レクチャーといった情報的ルールを作ることが重要だと指摘。また、日本は宿泊税を観光振興に使っているため、オーバーツーリズムの抑止にはならない。そこの転換も必要になってくると話した。
長野・軽井沢町の上信越高原国立公園に隣接するホテルは宿泊者が自然に囲まれた集落で休息することをコンセプトにしている。日々の経営面でも環境負荷を少なくすることがコンセプトの一環になっている。使用するエネルギーの約7割を自然エネルギーでまかなっており、水力発電ではスタッフが24時間体制で管理している。暖房や給湯には温泉や地熱の排熱を使っている。さらに分別の項目は全部で28種類。集められた生ゴミは地域の牧場に運ばれ、堆肥として再利用している。こうして生産された牛乳や農作物をホテルで提供、地域との共生もホテルが評価される理由になっている。自然の保全にも取り組むガイドたちは参加者に持続可能な観光への理解を促している。
沖縄では観光業者が主催している「ボランティア・ツーリズム」と呼ばれるものがある。観光客に漂着ゴミを集めるボランティアなどに参加してもらうことがビジネスとして成り立っているという。国内外のホテル事情に詳しい山口由美さんによると、南アフリカのサビサンドにある国立公園に隣接するホテルでは動物保護区というものを設定し、ライオンやアフリカゾウが見えるサファリロッジを経営している。インドネシアのスンバ島にある海沿いのホテルは宿泊客の寄付などで財団を運営し、地域住民に安全な水や教育、医療機関を提供しているという。田中俊徳准教授は富裕層やZ世代は持続可能な観光を選ぶようになってきている。持続可能な観光を推進することが新しいビジネスチャンスにもなってきている。地域住民や豊かな自然・文化に敬意を払って貢献していくことが重要だと話した。
この日行われていたのはホノルル市内の運河を守るという地元団体のプロジェクト、観光客と住民が参加した。ヘドロを分解する微生物を含むボールを作り、運河に投げ入れることで水質の改善につなげる。ハワイの自然保全に関わることが観光客自身の満足度を上げている。
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- ホノルル(アメリカ)