2025年11月22日放送 4:50 - 5:20 テレビ朝日

テレメンタリー2025
「燃える島に生きる トミ子ばあちゃん桜島日記」

出演者
 - 
(オープニング)
オープニング

オープニング映像。

テレメンタリー2025
燃える島に生きる トミ子ばあちゃん桜島日記

今回は鹿児島県黒神町で一人暮らしをする大久保トミ子さんを特集。人口およそ58万人の鹿児島市。桜島は海を隔てて4キロ先にある。火口から4キロのところにあるのが大久保さんの住む黒神町が。度重なる火山噴火で過疎化も進み、ここで暮らしているのは80人ほど。集落とのシンボルとも言える黒神埋没鳥居がありその近くで一人暮らしをしている。近くにお店がなく生活必需品は、隣の集落に住む娘が頼り。夫が亡くなって30年、一緒に暮らしていた孫やひ孫たちも学校を卒業し離れて暮らしている。家の近所の木が伸びて桜島が見えなくなってしまったことに不満を感じるという。20世紀以降、桜島は、溶岩の流出を伴う二度の大噴火をしている。1914年には桜島の大正大噴火が発生。1946年には昭和噴火が起こった。大久保さんが生まれたのは1922年で大正大噴火のわずか8年後。昭和の噴火を体験したのは24歳の時。1946年の3付きには昭和火口から溶岩が流出。大久保さんの住んでいた黒神集落は埋まってしまったという。集落は全滅したが、牛を飼うなどし、5人の子どもたちを育てたという。

キーワード
テレビ朝日映像朝日新聞社桜島鹿児島市(鹿児島)鹿児島県立博物館黒神町(鹿児島)

1970年代からは桜島の噴火活動が再び活発に。大量の火山灰が広島の市街地のも降り注ぎ、1986年には桜島のホテルに噴石が落下した。その時取材で出会ったのが大久保さん。エネルギッシュで桜島愛が強く、その後も取材が続いた。2006年には昭和火口が再び活発に。2014年には桜島の大正大噴火100年の期間に黒神を取材。大久保さんは92歳になっていた。この頃は薪で風呂を沸かしていたが、四女が手伝っている。その最中に桜島が噴火した。過去の出来事を教訓に桜島では第分化を想定した訓練を行う。今回はその日の訓練の最中に爆発。直径数ミリの火山礫がふりかかった。この頃昭和火口は頻繁に爆発。1914年に起きた大正大噴火は規模が全く違うもので、桜島の西側の東側の山腹が割れて新たな火口を形成。多量の火山灰や軽石が降り島だった桜島は流れ出した溶岩で大隅半島と陸続きに。死者・行方不明者58人で、黒神集落にも軽石や火山灰が降り、高さ3mの神社の鳥居も埋まってしまった。鹿児島湾奥にあるマグマ溜まりには大正噴火のときと同程度のマグマが蓄積していると専門家は指摘する。

キーワード
大隅半島東京大学地震研究所桜島鹿児島湾鹿児島県立博物館黒神町(鹿児島)

大久保さんは事ある毎に昔の噴火の様子を子や孫に伝えている。大正大噴火は母親からの聞伝え。毎年行われる大噴火を想定した避難訓練。そのため、大久保さんは車椅子で参加した。2015年8月には熊本県で直下型の地震が発生し噴火警戒レベルが初めて4に引き上げられた。急遽避難所が設けられ、大久保さんも一週間近く過ごした。しかしその集団生活に嫌気が差した大久保さんは不満をのぞかせていたという。一週間ほどで住民の避難は解除された。2017年からは昭和火口はほぼ活動を停止。変わって南岳の活動が活発に。2024年春、大久保さんの暮らす黒神町は穏やかな生活が続いていたが、子供の数が減り、学校が統合され高校を卒業すると県外などに行ってしまうという。この日はひ孫が帰省していたが沖縄の会社に就職し、一番のおばあちゃんっ子だという。

キーワード
桜島黒神町(鹿児島)

大久保さんはことし103歳に。大好物の桜島大根を干していた。足腰が弱り、疲れ気味で手押し車がかかせない状態になっていた。今年5月に桜島南岳のが継続的に噴火爆発が続いた。黒神集落を降灰が襲った。桜島大根にもその被害があり、灰だらけに。9月には黒神で最後の運動会が行われ、大久保さんも見学にやってきて懐かしい顔と交流した。

キーワード
桜島桜島大根鹿児島市立黒神中学校鹿児島市立黒神小学校黒神町(鹿児島)
(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

© 2009-2025 WireAction, Inc. All Rights Reserved.