- 出演者
- 眞鍋かをり 濱家隆一(かまいたち) 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン) 山内健司(かまいたち) 高橋茂雄(サバンナ) 織田信成 トリンドル玲奈
オープニング映像。本日はニワかに気になル~!人キモノYOUの謎解きミステリーSP!と紹介した。
声をかけたのはスウェーデン人とアメリカ人の男性2人組で日本にはYoutube撮影のため来日。2人はパルクール仲間で世界を旅しながら動画を撮っているという。日本は初めてでまだ撮影許可を得ていないという。
ドイツ人の兄弟は小さい頃からずっと日本のアニメを観て育ってきて性格も影響を受けていると話し兄は「悟空」、弟は「クリリン」と話す。日本には温泉で裸の付き合いをしてより兄弟の仲を深めるため来日。まだ具体的に行きたい場所を決めていないが秘湯を巡ってみたいと話す。撮影交渉をするとOKしてくれたが後日、連絡は来なかった。
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- NARUTO-ナルト-クリリン孫悟空
アメリカから来たという女性は和牛を食べに来たボディビルダーだという。以前来日して和牛を食べた時に感動したという彼女。今回は全国の和牛グルメを食べたいという。取材交渉を行い同行の許可をもらった。
和牛を食べに来たというクリスティーンさんの旅に同行することに。まず集合は江東区豊洲、最初は焼肉。深川 壱番亭というお店で厳選七段盛り合わせを注文。クリスティーンさんは焼いた肉をタレにつけずご飯に巻いて食べた。続いてクリスティーンさんの前に運ばれたのは漢方和牛。これを食べながらボディビルを始めたきっかけを太っていていじめられており、それを見返すためだとクリスティーンさんは教えてくれた。普段は節制しているクリスティーンさんだが、この日はチートデイということで和牛を3~4人前を完食。
クリスティーンさんは翌日新宿へ。この日は牛カツを食べるという。一番大きな200グラムを選択したクリスティーンさん。この日も最初は何もつけず肉を味わい、その後タレをつけて味わうと毎日でも食べたいとコメントした。
続いてクリスティーンさんは沖縄県の石垣島へ。石垣牛のステーキなどを食べたという。その後は再び東京に戻りローストビーフ丼を食べ、最後にどうしても行きたいという店へ。有楽町のガード下に足を運んだクリスティーンさん。日本の文化を感じられると語り足を運んだのは牛の最上という24時間営業のお店。お客さんにおすすめのメニューを聞き、牛すじ豆腐を注文。全く噛む必要がないと驚いた様子。続いて前沢牛など産地の違う牛肉を食べ比べる「和牛炙りユッケ3種盛り」「和牛たたき3種盛り」を注文。最後にクリスティーンさんは最高の旅だったと語ってくれた。
メキシコからやって来た家族を直撃。家族は15日間を使って鎌倉、京都などを巡る予定だという。ここで気になったのがスーツケースのカバーで変顔をした女性の写真をカバーにしたという。変顔ならどこでも見つけやすく、これなら誰も盗まないと娘がプレゼントしてくれたという。
イスラエルからやって来た女性は初来日で食事をするためやって来たという。イスラエルでも週に2回は食べるほど日本食を食べるほど好きで今回東京など3週間食い倒れツアーを行うという。中でも食べたいのは抹茶と話し、イスラエルでも抹茶クッキーなどが話すがその後ろでカップルがキスなどを長時間していて、女性のインタビュー後に話を聞くと4ヶ月ぶりに再会した夫婦YOUだった。
イスラエル在住のアメリカ人女性は沖縄の道場に空手の練習しにやってきたという。年齢は67歳で50年空手をやっていて、アメリカでは5回チャンピオンにもなっている。そんな女性には孫が16人おり、体は古いでも気持ちは若いなど話した。
スタッフがYOUを探しているとインタビューをしてもらえますかと女の子が声をかけてきてくれた。女の子はアメリカ出身で日本の文化を経験するために来日。「キティちゃん」が好きで「セブン-イレブン」とかいろんなお店に行ってみたいと話した。そんな女の子の年齢は9歳で、しっかりした回答にしっかりしているねと伝えると「「そんなことないわ、ちょっと緊張してるけど頭真っ白!ってほどではないわ」と話す。インタビューはSNSとかの動画を観ていつか自分もやってみたいとずっと思っていたという。スタッフはこれはSNSではなくテレビであると伝えると「私テレビに出るの!?」と驚いた様子を見せた。そんな女の子は今回の初来日でパパがイチオシの「CoCo壱」を食べたいと話した。今回の来日は両親と3人でやってきたと話しているとママが合流。しっかりしていることを伝えると夫も軍隊にいてその影響で興味を持っているかもと話した。そんな家族に撮影交渉をするとOKしてくれた。
数日後、新橋駅前でパパのジェレミーさん、ママのカリシュマさん、娘のジーアさんと合流した。早速向かったのは「カラオケ館」」。ジーアさんがいつも家で大熱唱するほどカラオケが好きだという。カラオケについて驚く3人、アメリカのカラオケは日本のように知り合い同士が利用することが少なく飲食店にあるステージで食事をしながらお客さんの前で歌うことが多いという。ジーアさんは「タイタニック 愛のテーマ」や両親に贈る歌として結婚式で使用したという楽曲を歌った両親は2014年海兵隊だったパパとオンラインで知り合い結婚。子どもが欲しかったが何度も流産を経験し心身とも限界となり次が最後のチャンスと覚悟を決めて9年前ジーアさんが授かった。しかし出産中に心拍数が下がり生命の危機にあったが持ち堪え無事に出産し、すくすく成長した。
そしてやって来たのはCoCo壱番。ジェレミーさんが最後にCoCo壱番を食べたのは2003年と22年ぶり。当時沖縄の普天間基地に赴任中近くにオープンしたCoCo壱番にどハマリし家族には「沖縄で出会った最高の店」と伝えていた。そんなパパオススメが「ロースカツカレー」にチーズとゆでタマゴをトッピングしたもの。ジーアさんが初CoCo壱を食べて美味しすぎるなど9サイトは思えない食リポを披露した。そしてジーアさんから最後に両親に「今まで家族で過ごした幸せな時間が本当に嬉しい」など伝えた。密着取材は終了。その後ジーアさん達は日本のカレーが気に入ったようで日乃屋カレーへ行ったという。
フィンランドからやって来た男性は京都でオーダメイドの着物を買って、着付けを教えてもらうと話す。初来日でちょっとドキドキしていると話し、さらにメールでのやりとりのみでどんな着物に仕上がっているか見ていないという。その値段は39万円で紫色にしてほしいということ意外は全部お任せで作ってもらったという。そんなYOUに交渉するとOKしてくれ密着が決定。
3日後、オーダメイドの着物と対面するテロさんと合流。テロさんは遅れるのは失礼だからとお店には開店する40分前から待機。そしてオープンし入店した。店主らに対面して挨拶をしてテロさんは手土産を手渡した。紫にこだわる理由は日本とフィンランドの国旗を混ぜると紫になるからと話す。店主の張田さんはメールだけでのやりとりの人は初めてだったがすごく積極的にメールを返してくれこれはいい加減な気持ちではできないと思ったという。テロさんが訪れのは2004年に創業し全国的にも数少ない男性着物の専門店「男のきもの えいたろう屋」で張田さんの家計は90年以上続く祭礼衣装の卸問屋で靖典さんは3代目。そしていよいよ着物と対面。
メールだけで!39万円の着物をオーダーメイドしたテロさんに密着。着物と対面したが紫色ではなく靖典さんは日本人男性が紫の着物を着ることがあまりなく、テロさんも「日本人が着な色だと気になる」と言っていたという。紫は古くから高貴で贅沢な色とされ、江戸時代には庶民の着用が禁止されていたという。そこで靖典さんは裏地の色を紫にしてそれを活かしたという。紫色を見てそれまで無表情だったテロさんに笑顔が浮かぶ。さらに羽織には裏地を背中に付けるがそこにはフィンランドの国旗が描かれ満面の笑顔となった。美穂さんいよると男性の着物は表が華やかじゃない分、裏地にこだわりを入れているという。そして着付けをしてもらったり、帯の上下をテロさんが分かってたりとした。
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- フィンランド男のきもの えいたろう屋
テロさんはフィンランドの南部タンペレで生まれ育ち、小学生の頃、偶然テレビで観た時代劇で日本人の礼儀正しさなど驚き、人への振る舞い方など日本人を見習いたいと思い、週3回、ソファーの上で正座の練習などをしてきた。そんなテロさんは10年前に「ラストサムライ」でトム・クルーズ演じる主人公が着物を着ることで村での生活や文化に溶け込んだ姿に釘付けになり、着物を買うことを決め、貯金をしていったという。テロさんは現金で着物の他帯などを追加で役15万円分を購入。テロさんは着物を着たまま京都を散策した。京都に来ていた、外国人観光客からも話しかけられ日本の伝統と歴史をリスペクトし愛してる証拠と絶賛された。
日本庭園を見に来たというアメリカ人男性で日本の庭はメジャーリーグで日本の宝と絶賛。YOUは1年のうち2か月は日本に来ているという。そんなYOUが見たいのは一般の人の庭で25年前から日本に来るたびに個人宅の庭を巡っていてこれまで約250軒巡ったという。今回も2ヶ月間個人宅音庭を巡る予定という。そのために「鶴瓶の家族に乾杯」の鶴瓶さんと同じようにしているという。そんなYOUに取材交渉を行うとOKしてくれた。
1週間後、一般家庭の庭をめぐる旅をするダグラスさんと舞鶴市で合流。今回舞鶴市を選んだ理由について東海道線は混んでいて北に来ればステキな田舎町が見つかると話した。早速街を散策。塗装作業中の男性や自転車で移動していた親子と出会って会話をしたりした。
ダグラスさんと舞鶴市で一般家庭の庭をめぐる。ダグラスさんは24歳のときに海軍将校として横須賀に来日し、葉山の元別荘に住んでその庭に感動。29歳で退役後日本庭園を学びたいと日本に残り、5年間造園会社で修行し、帰国後28年前から日本庭園の魅力を世界に伝えたいと雑誌を出版し、今では40カ国に愛読者がいる。