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「名取市(宮城)」 のテレビ露出情報

仙台空港から中継。あの日、大量の海水や土砂が流れ込み滑走路などには約2000台の車が漂着した。
宮城・南三陸町で町長を務めた佐藤仁さん。震災15年を記録した手帳を初めて公開した。そこに記されていたのは罪悪感だった。15年前のあの日、佐藤さんがいたのは町の防災対策庁舎。高さ12mの庁舎を15mを超える津波が飲み込んだ。津波が引いた後、庁舎の屋上に残っていたのは佐藤さんを含めて10人。職員や住民など43人が亡くなった。凍える寒さの中、ずぶ濡れの佐藤さんたちを救ったのは職員がライターで流木などを燃やしてつけた火だった。800人以上が犠牲になった南三陸町で始まった復興への長い道のり。手帳には一人抱えていた苦悩も記されていた。佐藤さんが目指したのは二度と津波で命を失わない町。防災対策庁舎を震災遺構として保存し、住宅の高台移転に取り組んだが当初は思うように進まなかったという。こうした経験から今訴え続けている言葉は「事前復興」。起きる前から災害を想定して復興の方針を決めておくこと。佐藤さんは全国で講演を行い事前復興の重要性を訴えている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月11日放送 22:57 - 23:56 TBS
news23東日本大震災15年 つなぐ、つながる
岩手・釜石市、宮城・名取市、宮城・気仙沼市では死者1万5901人・災害関連死3810人となった東日本大震災から15年経ったきょう、人々が黙祷を捧げた。宮城・気仙沼市出身の岩槻は中学時に震災の語り部としての活動を開始し、現在も帰省時には語り部活動を継続していて、震災を知る最後の世代と言われているため命ある限りは続けていきたいなどと語った。

2026年3月11日放送 16:48 - 19:00 テレビ朝日
スーパーJチャンネル(ニュース)
東日本大震災からきょうで15年。東日本大震災の死者は1万9711人、行方不明者は2519人。きょうは祈りの日であると同時に次に来るかもしれない災害に備える日でもあった。岩手・宮古市の訓練には震災当時まだ幼かった高校生らも参加していた。備品の点検なども行われた。宮城・気仙沼市の街で唯一のバッティングセンターは震災で残された父と子の約束から生まれた。15年前のき[…続きを読む]

2026年3月11日放送 15:49 - 19:00 TBS
Nスタ東日本大震災15年 つなぐ、つながる
今朝、被災地では海に向かって手を合わせる人の姿があった。慰霊碑に花を供えた男性は「遺族は15年前の悲惨な現状がずっと頭の中にあって、それだけが変わらず残っている」と語った。15年前、宮城県気仙沼市を襲った巨大津波。海から約600メートルの街中に大きな漁船が打ち上げられた。その後、震災のシンボルは解体され周辺は整備された。震災から15年となったきょう、気仙沼市[…続きを読む]

2026年3月11日放送 15:42 - 19:00 フジテレビ
イット!(ニュース)
きょう、東日本大震災から15年を迎えた。地震や津波による死者は1万5901人、震災に関連した死者は3810人にのぼる。行方不明者は2519人となっている。福島第一原発のある双葉町は、今も、面積の85%が帰還困難区域のままだ。岩手県大槌町の高台にある寺では、16歳の高校生が墓参りに来ていた。震災で父親を亡くしたという。別の男性は、母親が震災当時、この寺に避難し[…続きを読む]

2026年3月11日放送 13:50 - 15:42 フジテレビ
わ・す・れ・な・いFNN東日本大震災15年特別番組 わ・す・れ・な・い 未来へつなぐ311の記録
震災から2日後にFNNが宮城・女川町の避難所で出会った小村摩利さんは、現在東京で会社員として働いている。小村さんは「人の痛みをすごく知れた日だった。生きたくても生きられなかった方々がいたからこそ、自分が死ぬ時に自分の人生が最高だったなって思えるようにしたい」などと話した。福島市の沿道で警察車両や自衛隊の車両に手を振り続けた広野諒さんは、子供の頃の夢を叶えてハ[…続きを読む]

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