- 出演者
- 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン) 小室瑛莉子 岡田紗佳 武井壮
当時、赤字続きで廃止の危機にあった高知競馬。関係者はなんとか存続するためには“スター馬”が必要だと考えた。そんな時、高知競馬専属実況アナの橋口浩二の目に止まったのがハルウララの60連敗という記録だった。ハルウララの存在を新聞記者に伝えたところ、高知新聞がハルウララを記事に。その記事に注目したのが当時の高知競馬組合の広報・吉田昌史。ハルウララを起爆剤にするという作戦には反対意見も多かったという。吉田は全国のマスコミにハルウララの資料を送った。今度は毎日新聞は全国版で記事に。さらに、その新聞が「とくダネ!」で取り上げられたことをきっかけに、その後様々なメディアで報じられ日本中から注目を集めることに。当時はITバブル崩壊などの不況によりリストラの嵐が吹き荒れ、格差社会を表す「勝ち組」「負け組」という言葉が流行していた。そんな時代の中、負けても一生懸命、麗らかに走り続けるハルウララの姿は瞬く間に負け組の星として社会現象となった。高知競馬場には多くの客が来るようになった。一方で宗石の厩舎にまで抗議が殺到した。宗石は普段通り丁寧に調教しては、レースにハルウララを出し続けた。ハルウララは100戦目のレースでも勝てなかった。
ハルウララの連敗記録が100敗に達したある日、ハルウララと同じ誕生日の女の子が訪ねてきた。7歳から剣道を始めた聖さんは試合に勝てず剣道をやめようと考えていたという。そんな中、どうしてもハルウララに一目会いたいとやってきた。彼女はハルウララから元気をもらったという。ハルウララの姿に救われたという多くの声が日本全国から寄せられた。2004年3月22日、武豊騎手がハルウララに騎乗することになった。高知競馬史上最多1万3000人の観客が声援を送る中、毛化は11頭中10着だった。世間の注目の的となったハルウララだったが、宗石の前から忽然と姿を消すことになる。
ハルウララの馬主は3人目の新たな人物に変わっていたが、その馬主がハルウララの年齢を考慮し競走馬から引退させ、栃木の牧場に移送することを決めた。宗石は馬主の決定に従わざるを得なかった。その後、ハルウララの消息は途絶えた。いつしかハルウララの存在は忘れられていった。それから10年後の2014年、ハルウララのその後の消息が書かれた手紙が届いた。2010年、千葉でマーサファームという牧場を営む宮原優子のもとを1人の女声が訪れていた。マーサファームは馬主から預託料をもらい馬を預かる牧場で、そこには競走馬や流鏑馬、騎馬隊などで活躍した引退馬が多くいた。そこに訪れたのはハルウララの3人目の馬主で、ハルウララを引き受けてくれる牧場を探していた。ハルウララは高知を離れたあと、全国の牧場を転々としていたという。ハルウララはマーサファームにやってきたが、馬主からの預託料が途絶えてしまった。宮原は馬主と交渉し、ハルウララの所有権を譲り受けた。だが、マーサファームは赤字ギリギリで運営していたため、ハルウララを養う余裕はなかった。そこで、宮原は「春うららの会」を立ち上げ会員を募集することにした。
「春うららの会」には全国から80名以上の応募があった。会員からの手紙などにより、宗石や高知競馬の関係者もハルウララの消息を知ることができた。会員の田中恵子さんは筋肉が萎縮する病を発症、人生の負け組と感じていたという。そんな時、ハルウララの姿から勇気をもらった。会員以外からもハルウララに救われたという多くの人たちから感謝の声が届いたという。
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2021年、競走馬をモチーフとした大人気ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のキャラクターにハルウララが選ばれた。これにより当時のブームを知らない若い世代にも名を知られ、一躍人気者に。さらに2025年6月、英語版がリリースされると人気は世界へ広がった。ゲーム化にあたり、宮原たちは特にお金などはもらっていなかったが、春うららの会発足後、全国のファンから支援金が送られてきたという。海外のファンから生の牧草が届いたことも。そして2025年9月9日、余生を過ごしていたマーサファームでハルウララは29歳で息を引き取った。高知競馬場には献花台が置かれ、多くの人がその死を悼んだ。ハルウララのブームなどを経て、高知競馬場は廃止の危機を回避。全国で初めて通年ナイター競馬を開催したり、成績の振るわない馬を集めて競わせる一発逆転ファイナルレースを行ったりするなど、独自の工夫で黒字経営を維持している。ハルウララが亡くなってから2か月後、20年前にハルウララと対面した永吉聖さんが宗石に会いに来た。現在は高知県警で警察官に。
ハルウララと出会い、やめようと思っていた剣道を続けることに決めた永吉聖さんはハルウララから「勝ち負け」よりも「今日を笑顔で過ごすこと」が大切ということを学んだという。現在、2児の母となった聖さんは親子で宗石厩舎を訪れた。聖さんは今、ハルウララの物語を娘たちに伝えているという。ハルウララの存在が希望になったという、春うららの会の会員・田中恵子さんはオペレーターの仕事を続けている。
2024年12月、中国のスキー場で巨大な光が撮影された。この謎の光は同じスキー場の異なる場所で何日にもわたって目撃された。正体はサンピラーと呼ばれる自然現象。寒さで凍った空気中の水分が太陽の光を反射して輝くダイヤモンドダストが一本の柱のように見える現象。2025年3月に美瑛町で見えたサンピラーの映像も紹介。
エンディング映像。
