2025年1月25日放送 22:00 - 22:30 テレビ東京

新美の巨人たち
【世界遺産目前! 国宝「彦根城」の美×市川紗椰】

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(オープニング)
今回は…

今回は彦根城を特集。国宝に指定されている城よりも彦根城は1番小さい。しかしその中に華やかさや庭園がある。

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オープニング

オープニング映像。

新美の巨人たち
国宝「彦根城」×市川紗椰 築城400年 戦いの城

近江鉄道から彦根駅で降りるとこの地を治めた井伊家初代当主の井伊直政の像が。そこから歩いて見えてきたのは琵琶湖の北東の辺にある彦根山全体が城になっている彦根城。天守はこぶりな三重三階建てで創建当時の姿を保つ貴重な城。なにより圧巻は絶景で琵琶湖を背景に設立する天守が神々しいまでの威厳を城に与えている。市川がいるのは中堀沿いの佐和口多聞櫓は長さ50間で、90m。中は武器庫になっていて壁に開けられた佐間から敵を一斉に狙い撃つ。

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市川紗椰が長い石段をのぼる。そびえ立つ長い石垣の上にあるのは天秤櫓と廊下橋。高さ10mを超える石垣の上に立つ天秤櫓は左右の橋に2階建ての櫓が設置され天秤のような形になっているが当時最新の方法だった牛蒡積みで作られている。牛蒡のような細長い石を差し込むように打ち込み間に小さな石をくまなくつめることで強固な石組みを作った。母利美和はこの石垣の技術は非常に難しいと語ったが手掛けた穴太衆は強固な石垣造りで名を馳せた職人集団のこと。その石垣に渡された廊下橋。天守にいくにはこの橋を渡る必要がある。敵が門内に攻め込んできたら上から攻撃していた。戦略的に考えられた城でもあるという。

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彦根城
国宝「彦根城」 赤鬼軍団!豊臣包囲の要

井伊家の初代当主は関ヶ原の戦いで徳川方の戦法として名を馳せた井伊直政。その軍勢は鎧の色から井伊の赤備えとして恐れられた。関ヶ原のあとに直政は近江に所領を与えられ新たな築城を計画するが戦の古傷が元で急死。まだ幼かった息子の井伊直継のかわりに主君の徳川家康の断端をしたのが家老の木俣守勝。家康は大阪にのこる豊臣勢を城で包囲する計画を進めていた。そして守勝の進言で彦根が豊臣に睨みをきかせる最良の場所とされた。築城は天下普請。江戸幕府の号令で、周辺の7カ国の大名を動員する大工事だった。

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国宝「彦根城」サイズが小さい理由

廊下橋から太鼓門くぐるとこの城最大の秘密が。付櫓、多門櫓とともに国宝に指定されている天守は三階建て。一階の御殿建築の上に2階建ての望楼がのっている。母利美和は彦根城は大阪城をゆくゆくは攻めるためだけ重要な拠点であり急いで作る必要があったという。色々な周辺の御城の部材を使って突貫工事で作ったという。天守は関ヶ原で焼け落ちなかった大津城のものを使用し、石垣の一部は近くにあった佐和山城から再利用。よくみると石垣が斜めに。整地する手間を減らし天然の地形に沿って建てられた。

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国宝「彦根城」 大きく見せる美の秘密

彦根城は突貫工事のために、サイズはコンパクトになったが見栄えにはこだわった。破風は天守の象徴とも言える飾り屋根のこと。彦根城は破風が全部で18ある。同じ三重の天守を持つ犬山城の破風は8つ。松本城は破風は12。彦根城には異常とも言える数の破風がある。しかも1重目は2つの切妻破風で、その上に入母屋破風。最上階は唐破風。様々な破風が重なる彦根城ならではの豪華なスタイル。唐破風はきらびやかな金細工の飾りのついた珍しいつくり。城の窓には寺院建築で使用される花頭窓を採用し華やかな雰囲気に。魅せる城として作られたというがそれは天守の中にも。江戸時代からある急勾配の階段の先には花頭窓からたくさんの光が差し込む。さらに隠し部屋には座間が。鉄砲や矢を射る狭間は外から見ると穴がないがもしものときは漆喰壁を突き破って使う。無粋なものは一切表に出さない美しさへのこだわりで全ては小さな城でも周囲に睨みをきかせ、存在を大きく魅せる演出。

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国宝「彦根城」 泰平の世に大変貌

彦根城の本丸にはわずか2年の間に御広間や御台所、御宝蔵が次々に建てられた。しかし1614年に大坂夏の陣で井伊の赤鬼軍団が豊臣勢を撃破。大坂に睨みを利かす必要がなくなり彦根城は大きく生まれかわる。

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市川がやってきたのは大手御門口で、かつての正門。しかし1614年に大坂夏の陣で豊臣が滅ぶと天下泰平の世の時代がやってきた。

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国宝「彦根城」“見せる城”に第変貌

1615年から城の姿を一変させたのが2代当主の井伊直孝。直孝は城の正面を大手御門から江戸の方角の東を向いた表御門にうつした。本丸にあった藩主の住まいや藩の役所はすべてふもとにうつし、表御殿とした。そこには後に能舞台も作られた。戦の要から、まつりごとや芸術の拠点に。

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国宝「彦根城」城の中に回遊式庭園

彦根城の中には玄宮楽々園という4代直興が手掛けた国の名勝。泰平の世を存分に楽しむために贅をこらす回遊式庭園。琵琶湖の水を引き込んで造園された。城の中にはこれほど豪華な庭園があるのは珍しく園内には茶室が4つもあり、頻繁に茶会が催された。またその庭園の中には鳳翔台が。19世紀のはじめに11代が客人をもてなすために建てた。今もお茶と美味しいお菓子が楽しめるという。

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国宝「彦根城」 世界遺産に歳挑戦

彦根城は2027年に世界文化遺産登録を目指す。彦根市と滋賀県の努力で今も町人町の町並みが今も大切に保存されている。上級武士の屋敷など歴史的建造物を通して武家社会の暮らしを手に取るように知ることもできる。

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国宝「彦根城」 廃城を逃れた奇跡

彦根城は一時取り壊しの危機に直面したことがあり、江戸から明治にかけて数多くの城が解体されていく中で彦根城も以外ではなかった。

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彦根城

彦根城は一時取り壊しの危機に直面したことがあり、彦根城もその対象に。しかし明治天皇とともにたまたま彦根を訪れた人物がいた。政府の大蔵卿だった大隈重信は城のあまりの美しさに心を奪われ保存を進言した。特例として存城をゆるされた。

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(エンディング)
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