2025年春に竹内智香は練習の拠点にしているスイスにいた。竹内向かっていたのは1年中雪のある、ツェルマット。何度も通った見慣れた景色で、スイスに移してからもう20年以上。23歳の時に日本を飛び出し、単身スイスに渡ったのが始まり。トレーニングをおこなうのは標高3800mの氷河エリア。力強く雪面を切り刻む滑りで、腰の痛みを抱えながらも順調。竹内が挑むスノーボードアルペンは、0.01秒を競うスピードレースで、ゲートが設置された急斜面を高速で滑り降りる。コースの設定によっては、時速70キロを超えることも。技術、体力、メンタルすべてにおいて限界ぎりぎりを攻める過酷な競技。そんなスノーボードと出会ったのは北海道。両親は温泉宿の湯元 湧駒荘を営んでいる。小学生の時に描いた夢はオリンピックに出る。1998年の長野五輪をテレビで見て自分もスターになりたいと目標を持ち、世界に通用する選手になると言い切った。その2年後のソルトレークシティ五輪に18歳で出場。しかし初めての五輪は22位で終わり、世界で通用する選手になるためには何かが足りなかったという。
