- 出演者
- 長谷川博己
オープニング映像。
2月に行われたミラノ・コルティナ五輪。去年9月に行われた記者会見に登場したのはイタリアのボブスレーチームのマニュエル・マカタ監督。そこに同席したのは大田区の町工場の経営者たち。開催国のボブスレーチームとタッグを組んでオリンピックを目指すことを表明した。ボブスレーは曲がりくねった道を最高時速150キロで進む氷上のF1ともいわれている。100分の1を争うためにソリの性能が重要でBMWやフェラーリも手がけてきた。その戦いに2011年から挑んでいるのが、大田区の町工場の下町ボブスレープロジェクト。しかし過去三度のオリンピックでは知名度不足もあり選手から採用されずレースに出ることもできなかった。プロジェクトの強力企業は今や4分の1ほどになり、存続を危ぶむ声も。そこに転機があり強豪国の技術者のペーター・ヒンツさんが共同開発に手を上げてくれた。その後、その紹介でイタリアのマッティア・バリオラ選手が下町のソリを採用。国際大会で好成績をあげるようになった。バリオラ選手の活躍次第で下町ボブスレーは初めてオリンピックのレースで滑ることができるという。今回はそんな下町の挑戦を追った。
部品は夢の一部という映像が流れた。
東京・大田区は日本有数の物作りの街として知られている。自動車備品から医療機器まで加工業を中心に、ピーク時には9000ほどの工場があったが、今では3500ほどに。その一角にあるマテリアルという会社の社長は細貝淳一さん。34年前に金属材料の販売会社として創業し、一代で社員29人、年商12億円の精密加工会社に育て上げた。送風機や防衛機器などアルミ製品の加工が専門。大田区の加工場で造られる部品は守秘義務があるものが多い。去年7月に、オリンピックを目指す新たなソリを作るプロジェクトが動き出した。それをサポートするペーター・ヒンツさん。細貝さん達は平昌オリンピックのあとからペーターさんとソリの改良を進めてきた。日本から送った部品をペーターさんが自分の工房で組み上げるという共同作業。イタリア代表は3選手で、下町のソリを使っているのはNo.2のバリオラ選手。彼のために最のソリを作りあげるが期限は11月まで。早速、部品作りがスタート。金属切削が得意な会社エースが行う。ボブスレーのサスペンションを手がけていたが、200個以上の部品から造られるボブスレー。サスペンションはソリの歯の振動を抑えるバネのような役割を担っている。求められる精度は髪の毛の70分の1。1000分の1ミリ単位。それぞれの町工場が強みを発揮しリレーしていくいわゆる仲間まわしを行う。部品のとりまとめ役は高橋俊樹さん。急ピッチでの製作に頭を抱えていた。
三陽機械製作所は複雑な形状の加工を得意とする。担当するのは野川聡さん。請けもったのはリアブロックと呼ばれるソリの骨格をつなぐパーツ。複雑な形状を金属の塊から削り出して使う。野川さんは山形から上京して以来、下町プロジェクトで技術を磨いてきた。数十の工程にわけて鉄の塊を少しずつ削っていく作業で、通常3週間かかる加工を仕事の合間をぬって3日間で完成させる必要がある。削り出しに使う刃物は40種以上。工程にあわせて長さや刃の形を変えて仕上げていく。三日目の夕方に、割り振られた作業を見事に仕上げた。
9月1日の羽田空港。細貝さん達が待っていたのはボブスレーの技術者のペーターさん。イタリアチームのマニュエル・マカタ監督も登場した。滞在は一週間ほどで、最終調整するためにやってきた。細貝さんたちと共にソリを組み上げるのは関鉄工所の関英一さん。普段から図面をかかないペーターさん。下町チームがその場で細かい要望を聞いて部品を調整していく。次々と出てくる修正点。町工場の改良力が試される。しかしソリが形になってきた頃に、ペーターさんはソリの骨組みとなるフレームの取付角度が違うと言い出した。ペーターさんの改良では、フレームを繋ぐ真ん中のブロックに対し、パイプをそれぞれ3度傾斜をつけて取り付けていた。こうするとソリの刃に対してブロックが3度傾く。これ急カーブでも滑らかに走れるという。この大事な改良点について、意思疎通がとれていなかった。
早速角度の修正に望むことに。しかし9から作り直すと、オリンピックの選考レースに間に合わない。他に方法がないのか?と考えた。すると、一か八か部品を切り離し、つなぎ直す作戦に出たがその役目を担うのは五城熔接工業所の後藤智之さん。熔接のプロがすぐに解決策を出してくれたが、ブロックとパイプがつながる部分に三度の切り込みを入れ、溶接し直せばいいと言うが、それなら大事にならない。その日の夜、作業にメドがつき、帰国するペーターさんを激励する会が開かれた。ここで関さんが気になっていた質問をぶつけたが、ペーターさんはオリンピックに行ける確率は極めて高いと答えた。あとはペーターさんの元へソリを修正して送り届けるだけ。数日後、熔接でフレームに角度をつける作業に後藤さんが取り掛かるがフレームは結局一度バラバラに切断した。パイプのつなぎ目には予定通り三度の切り込みが。それを保ちながら卓越した技でパイプとブロックを熔接する。作業は夜中まで続き、明け方に出来上がった。 修正を済ませた部品が出来上がり、ソリに取り付けられた。ペーターさんが帰国して一週間、すべての修正点に答えた渾身のボブスレーが完成した。
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- 五城熔接工業所
1ヶ月後、イタリア・コルティナはオリンピックでボブスレー競技が行われる街。細貝さんは自分たちのボブスレーが初めてコースを走るときいてイタリアにやってきた。最終調整を終えたボブスレーは選手に引き渡され、4年もこのボブスレーに乗ってくれているバリオラ選手。細貝さんはそのソリに特別なメッセージを託していた。町工場の不屈の精神を込めた。開催国イタリアならではの強みのオリンピック本番のコースを練習で使用できる。バリオラ選手が最新の下町ボブスレーで滑った。チームのNo.3のアレックス・フェルギナー選手も下町ボブスレーを試してくれるという。その感触は良く、修正した部品がこのコースにぴったりだったという。11月22日の大田区の上田製作所。仲間の工場に細貝さんたちが集まった。オリンピック出場のカギを握る、ワールドカップの初戦をネット配信で見守る。出場権は11月下旬から2ヶ月間に渡って開かれるワールドカップなどの獲得ポイントによって決まる。バリオラ選手は、毎回20位以上前後をキープするのが目安。オリンピックの同じコースでスタート。しかしバリオラ選手のボブスレーは何度も車体がぶれ、何度もコーナーに衝突。大きく減速してしまった。気負いすぎたのか、思わぬミスが相次いだ。32チーム中29位という結果に。
夢は力になるという映像が流れた。
オリンピック開幕を目前に控えた1月。細貝さんたちはバリオラ選手の応援を続けていた。ワールドカップ第6戦で、出場枠お確定を一週間後に控えたこの試合、バリオラ選手は維持の走りをみせた。コーナーリングを克服し快走をし目安の20位を上回る18位でゴールをした。あと一つ上げればオリンピック出場が決まるところまで巻き返した。
15年に渡る、下町ボブスレーの挑戦。そのDNAをつなぐ人がいる。石川県・小松市にある東亜電機工業。電気配線のカバーのハーネスを製造している。社員が集まって観戦していたのは、ボブスレーのワールドカップ。東亜電機工業の國廣さんは下町ボブスレープロジェクトに当初から携わっている。2024年に大田区の工場を東亜電機工業に売却した。その後東亜電機工業の社員になったが、もう一つの顔は週に2日は大田区に戻り、新たな取り組みに、集まっていたのは町工場の経営者たち。國廣さんはI-OTAをたちあげたが、2018年に設立し、様々な技術をもつ町工場130社が参加する共同体。客からの依頼や相談に応じて最適な会社でチームを組んで、一つの製品を作り上げる。下町ボブスレーで培った仲間まわしで新たな取り組みを始めていた。週に1度、運営メンバーの社長たちが集まって依頼内容を吟味。この日は浄水器の販売会社からの相談を皆で知恵を出し合い、130社の中から担当するチームを決めていく。数日後、今回國廣さんが選抜したのはプラスチックの加工会社など3社。そこに浄水器を販売する会社から担当者がやってきた。ステンレスが高騰し、仕入価格が3倍になったために樹脂製に変えられないかという相談だったが、樹脂に変えてしまうと耐久性に問題があるという。これまで通りステンレスを使いながもコストを下げる方法はないか、研究することに。I-OTAはこれまでに110件を受注し、実績を積み上げている。そこへかつてないビッグビジネスが舞い込んだ。半導体の製造にかかわる世界的なメーカーからの依頼だという。
I-OTAに大きな案件が舞い込んだ。國廣さんがやってきたのはリンテックという会社の工場で、ここの主力製品は半導体のウエハーを固定する特殊な粘着シート。リンテックはこの分野で世界シェア30%以上。売り上げ高は3000億以上を超える。これまでの粘着シートは小さな半導体チップを剥がして並べ直すのに数時間かかっていた。そこで熱したり冷やしたりすることで、一気にはがせるシールを開発していた。しかし上手くいかず、きれいに剥がすことができなかった。I-OTAの評判を聞きつけてアイディアを求めてきた。すると土場さんが熱をうまく利用する、独自のアイディアを即座に提案。國廣さんが町工場の衰退に歯止めをかけたいと始めたI-OTA。そこには下町ボブスレーのDNAが受け継がれている。
1月18日にオリンピック出場権をかけたワールドカップ戦を観戦する細貝さん。下町ボブスレーにのるイタリア選手のNo.2のバリオラさんは出場権を争う、34位のオーストラリアの選手まで72ポイントまで迫っていた。あとはその選手の成績次第だったが、バリオラ選手は僅差でオリンピック出場を逃し、夢は敗れた。2月に開催したミラノ・コルティナダンペッツォオリンピック。ボブスレー男子決勝ではイタリア代表はラトビア製のボブスレーにのる、トップの選手だけが出場。7位に入賞した。細貝さんはイタリアに惜しみない声援をおくった。しかし、結果を見届けた朝に思わぬサプライズがあった。
2月、オリンピックの挑戦が終わった後に細貝さんのもとにサプライズが。バリオラ選手がSNSで投稿した動画は、競技を前にコース状況をチェックする役で下町ボブスレーを使っていた。下町ボブスレーはオリンピックの晴れ舞台を人知れず走っていた。
「ガイアの夜明け」の次回予告をした。
「ワールドビジネスサテライト」の番組宣伝。
