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- マツコ・デラックス 喜入友浩
150億以上売った塗野さんと弟子のパウラさんが登場。日本真珠の価格が3倍まで高騰。世界の真珠鑑定機関の真珠グレーディングシステムで「最高ランク」を獲得。これまでは日本の真珠鑑別機関が独自の基準で鑑定してきた。2021年に世界の宝石鑑定機関が養殖真珠に特化した鑑定サービスを開始した。日本真珠は高品質だと世界中の話題になっている。宝飾品だけでなく、資産としての価値が高まっている。2-3年前に100万円だったものが、200-300万円になっているという。日本の四季が真珠を高品質にしている。さらに山と海の栄養で育つ環境が最高のクオリティーを生む。日本の真珠養殖の三大産地は、三重県伊勢志摩、愛媛県宇和島、長崎県壱岐・対馬。
エジプト最後の女王のクレオパトラ七世は世界最大の真珠の耳飾りを所有していたと言われる。ココ・シャネルはファッションに取り入れた。日本では冠婚葬祭のときに利用されるイメージ。インバウンドの影響もあり、空前の日本真珠バブルが到来している。日本に100人しかいないパールマスターの塗野聖一さんが教えてくれる。
真珠はどうやって作られているのか。宇和島市ではかつて天然真珠の収穫も。天然真珠の算出率は1万個の貝から数粒。大正2年から養殖をスタートさせた。キレイな真珠が獲れる貝は主に6種類。日本で多く養殖されているのはアコヤ貝。丸く研磨した核(貝殻)を貝の中へ。貝の外套膜をカットして細かくする。外套膜の傍にうめる。外套膜が真珠袋を形成し真珠層が成長。春からスタートする。海水温は18度。8ヶ月間海で育てる。週に1回取り出して付着物を除去。
あこや貝は食べられるという。とてもおいしい。マツコさんは、貝は大好きだったけど、食べすぎてあたったとのこと。真珠の選び方を教えてくれる。本当に大切なのはテリとマキだとのこと。マキが複雑なら豊かな輝きを放つという。断面構造が規則正しいほど美しいテリを放つという。
塗野さんは様々な真珠を作る貝を紹介。真珠の色は貝の色に比例することからホタテなど食用のものではなく、マベ貝やアコヤ貝など裏面のきれいな貝を使う必要がある。沖縄・八重山諸島では平均水温26℃という温暖な海の中で黒蝶貝が養殖され「琉球黒蝶真珠」と呼ばれている。孔雀の羽のような色合いとなっている。鹿児島・奄美大島では白蝶貝が養殖され、光り輝くナチュラルゴールドとともに、20ミリという大粒のものも存在しているが金と並んでも劣らない輝きを持つが、白蝶貝のネックレスはおよそ500万円という。パウラさんが注目しているのは自然な色合いだといい、アコヤ貝の中でもナチュラルブルーのものを持っている物があるという。また、茨城・霞ヶ浦は淡水で育つイケチョウ貝が養殖されていて、霞ヶ浦さんパールは独特の色を持っている。
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アコヤ貝のナチュラルブルーのネックレスを試着。アクアマリンのような青色が引き出されているが、こちらは600万円となっている。マツコさんも注目した霞ヶ浦のイケチョウ貝によるナチュラルパープルは150万円だといい、明るさが引き出されている。自分の肌の色に合ったものを身につけることが大切なのだといい、同時に2つのネックレスを試着することもあるのだという。
真珠の中には出現率0.04%という希少なものもあるという。
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最高峰のアコヤ真珠ネックレス「特選真珠」。真珠組合PEPCAの審査員10人ほどで毎年選定する品質基準においてトップレベルのもの。最終的な認定には審査員の過半数の同意が必要。出現率は0.04%と言われる。スタジオで、350万円の特選真珠や約2000万円のオーストラリア産白蝶真珠などを紹介した。
建設業界では、24歳以下の作業員が30年前と比べ約7割減少している。野暮ったいイメージを払拭しようと、ガテン系ファッションがオシャレでスタイリッシュに進化している。私服にガテン系ファッションを取り入れる「ワークマン女子」という言葉も生まれた。創業69年の岡山の老舗鳶服メーカー「カセヤマ」の長女・忰山さんは、18歳からニッカポッカの制作に携わり、現在は、埼玉県新座市に作業服のセレクトショップをオープン。現役鳶職人で、ガテン系ファッションのモデルも務める可児さんは、SNSでガテン系最新ファッションを発信している。2人がBEAMSプロデュースの作業服など、日常生活で使えるガテン系ファッションを伝授する。
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ガテン系の4つの時代を現役職人によるファッションショーで紹介した。ひとつめはニッカポッカ時代、2つ目は平ズボン時代、3つ目は細デニム時代、4つ目はスリムフィット時代。マツコは、ファッションショーを見て、正解が1人もいない、現役だからこその危機感があるなどと話した。
ガテン系の創成期「ニッカポッカ時代」。ニッカポッカの語源は、アメリカの膝丈ズボン「ニッカーボッカーズ」。ゴルフや乗馬などで重宝され、明治時代初期、ゴルフ文化とともに日本に上陸した。1958年、東京タワーの建設現場で、ニッカーボッカーズを履く作業員の姿があった。高度経済成長の建設ラッシュにともない、全国各地で作業服として定着し、ニッカポッカと呼ばれるようになった。ニッカポッカは、ニッカーボッカーズと違い、足首まで太くなっている。ニッカポッカの膨らみ部分は、膝周りをゆったりさせ、曲げやすくした結果生まれた。高所作業で、膨らみ部分が風ではためくことで、危険を察知する役割もある。横に広がることで、障害物に当たったことを感知するセンサーの役割も果たし、足元の環境を見ずに把握できる。2000年代に入ると、ニッカポッカは減少する。不良っぽいなどの風潮が広がり、全国の現場でニッカポッカが禁止されていった。
平ズボンファッションについてスタジオでマツコさんが「電気工のようなイメージがある」など感想を話した。
平ズボンが台頭する中で新たに細デニム時代も台頭してきた。
細デニム時代の先駆けとなったのが岡山県のアイズフロンティア。2014年に上下の細デニムの作業着を発表するとガテン界からは驚きの声が上がった。同年には三代目J Soul Brothersがスキニーパンツを履いたことが追い風となり、デニムセットアップは若いガテン系から絶大な支持を得た。また同時期には安全靴もスニーカー風デザインの物が登場するなど変革期を向かえていて、近年ではCONVERSEやNew Balanceといった海外ブランドも参入して人気を集めている。このほか上下で6万円を超える高級品も発売するなどしている。
スリムフット時代は作業着の下に着ていたインナーを暑さ対策としてむき出しで着るスタイルから始まり、機能性を追求したところから始まった。