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- 宮司愛海 広瀬修一 矢澤剛 小山内鈴奈 青井実 室岡大晴
日本マクドナルドはあすから全メニューの約6割で、店頭価格を10~50円値上げする。ビッグマックは480円から500円に、マックフライポテトMサイズは330円から350円に値上げ。値上げは約1年ぶり。
中国政府は日本の軍事関連企業20社へ軍民両用品の輸出を禁止する事を発表した。中国商務省は今回の措置について合法だと主張している。スバル等についても輸出の監視リストに掲載すると発表した。高市政権への対抗措置とみられる。
きょう午後、りくりゅうペアが成田空港に到着した。木原龍一選手と以前ペアを組み、神解説が注目を集めた高橋成美さんに密着取材した。ミラノ・コルティナオリンピックフィギュアスケートペアで中継の解説を担当。フリーで歴代最高得点をたたき出し世界の頂点に立った三浦璃来選手と木原龍一選手のりくりゅうペア。高橋さんはペアの選手として2012年の世界選手権で日本人初の3位に輝いた。2013年に木原選手とペアを組み、翌年のソチ五輪に出場したが、成績は振るわず約2年でペアを解消。木原選手はその後、三浦選手とりくりゅうペアを結成。4年前の北京五輪に出場すると日本人ペア最高の7位入賞と、世界で戦えるペアに成長。高橋さんは元パートナーの躍進を嫉妬と応援がせめぎ合う思いで見つめていた。
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りくりゅうペアの金メダルから5日、高橋さんは青森・三沢市で小学生を指導。誰よりも知る1人として大会後も数々のメディアから引っ張りだこ。3歳でスケートを始めた高橋さんは進学校の渋谷教育学園幕張高校を経て慶応義塾大学を卒業。帰国子女で7カ国語を操る。2018年に引退すると、JOC(日本オリンピック委員会)の評議員を務める傍ら、バラエティー番組などに数多く出演。今回、現地・ミラノで初の五輪解説を務めた。「ペア競技」で最も大切なことについて聞くと、パートナーを投げたり支えることから危険も伴い、強い信頼関係が必要不可欠だという。木原さんとペアの時を聞くと「正直別にそんなになかった。信頼しようとお互いしたけど多分しきれなかった」と語った。木原選手とパートナー解消後は解説者として見守ってきたが、当初は複雑な気持ちだったという。数々の試練を乗り越えるたびに演技が洗練されるりくりゅうを間近で見ているうちに、りくりゅうが思い描いた理想のペアと感じるようになった。その思いが神解説になった。世界の頂点に立った元パートナーに対しては「演技を見て宇宙一って言ったように、もっともっと突き進んでほしい。五輪金メダルがスタート地点になるような世界を一緒に歩めたらうれしいし見せてくれたらうれしい」と語った。
きょう、イタリア・ミラノから日本選手団が帰国した。その先頭にはフィギュア・ペアで金メダルを獲得したりくりゅうペアこと三浦璃来選手と木原龍一選手の姿があった。チームジャパンでとった団体の金メダルと大逆転で獲得した金メダルを首から下げての凱旋。そして現れたのは坂本花織選手、中井亜美選手。中井選手はフリーの演技後に見せた首かしげポーズを再現してくれた。
午後3時40分から始まった帰国会見には15人のメダリストが出席。会見冒頭ではJOC選手団本部・原田雅彦副団長がメダリストとなった選手たちに「うらやましい!いいなぁ~!」と本音を漏らした。フィギュア団体、男子シングルでそれぞれ銀メダルを獲得し2大会連続で銀メダリストとなった鍵山優真選手は「個人戦ではうれしさもあり悔しさもあるメダルだけど、オリンピック全体を通して良い経験をさせていただいた。一瞬一瞬が成長の時間になった」と語った。オリンピック初出場、最終滑走となったフリーの演技後には指を頬に当て首をかしげるポーズで話題となった中井亜美選手は「今回の大会で試合自体を楽しむということを学んで、4年後は立場やプレッシャーもあると思うので、その中でも楽しみながらいい結果を出せたらいいなと思う」と語った。フィギュアのチームジャパンを笑顔で支え、団体に続きシングルでも銀メダルを獲得した坂本花織選手は大会を「感情がジェットコースターのような17日間で、個人戦では完璧という演技ではなかったけど、以前の北京五輪よりいい色のメダルが取れたので満足しているし今後の糧になると思う」と振り返った。スノーボードビッグエアで金メダルに輝き、2大会連続でメダル獲得となった村瀬心椛選手は「ここまでこれたのも自分一人だけではないので、皆さんに感謝をしている」と語った。本来個人競技のフィギュア団体戦でチームとして一つにまとまった要因について坂本選手は「全員が一番いい色のメダルを目指して挑んだのが一番大きかった。それがチームジャパンの団結力につながった」と語った。
ミラノ・コルティナオリンピックで史上最多となる24個のメダルを獲得した日本選手団がイタリアから帰国。成田空港に集まった大勢のファンから祝福の拍手と大歓声で出迎えられた。歴史的な大逆転劇で金メダルに輝いたフィギュアスケートペアのりくりゅうペア。帰国会見でメダルのご褒美について木原龍一選手は「キャンピングカーでアメリカを横断したい」と語った。
正午ごろ、成田空港で約400人のファンが出迎える中、金メダルを獲得したりくりゅうペアこと三浦璃来選手と木原龍一選手が登場。坂本花織選手や中井亜美選手など激闘を終えた選手たちが笑顔で帰国した。りくりゅうペアは空港で祝福の花束を贈られた。結成7年で迎えた今大会、ショートプログラムではミスが響き5位と出遅れるが、フリーで歴史的な大逆転で金メダルを獲得。今大会、2つのメダルを獲得したりくりゅうペア。自分へのご褒美について聞かれると、木原選手は「キャンピングカーでアメリカを横断したい」、三浦選手は「カナダを拠点に練習してるので日本に帰国することがないので、日本食をたくさん食べたい」と答えた。計6個のメダルを獲得したフィギュアチーム。お互いの応援に駆けつけるなど強い絆が見られた団結力について、木原選手は「みんながみんなのためにという思いを全員が持っていたので、それが一つのチームになったのが大きかった。坂本選手がすごく明るかったので、さらにみんなを固めてくれてキャプテン(森田選手)がまとめてくれて、とにかく仲が良かった」と語った。あす、都内で日本選手団の解団式が行われる。
国会ではきょうから高市首相の施政方針演説に対する各党の代表質問が始まった。高市首相は新年度予算案の3月末までの成立を目指す考えを強調し、野党に協力を求めた。
静岡・焼津市にある三和農園のキャベツ畑では土がひび割れ、雨不足の影響でげんこつほどの大きさにしか育たなかった。農園ではキャベツ6000個を育てたが、収穫できたのは100弱だという。今年はまとまった雨が降っておらず、ほとんどのキャベツのサイズが“げんこつ化”してしまった。都内のスーパーでは大根や白菜などの野菜も小型化している。これから旬の春野菜にも影響が出ていて、今後価格が約2.5倍になる可能性もあるという。
横浜赤レンガ倉庫で開催中のYokohama Strawberry Festival 2026では大きなパフェやクレープなど絶品のいちごスイーツが楽しめる。中でも大人気となっていたのが3連休限定で行われた全国のご当地いちご食べ比べ。紅ほっぺやあまおうなどの有名ブランドいちごのほか、12年かけて開発された宮城県の新品種にこにこベリー、佐賀県の新ブランドいちごさんなどを含む全国のご当地いちご7種類。来場者はブランドいちごの豊富さに驚いていた。いちごの1人あたりの年間購入量は30年間で約4割減少しており、今後の消費拡大が大きな課題となっている。そこでいちごの生産量上位10県が連携して立ち上げたのが全国いちご会議。新品種の開発などでしのぎを削りながらいちごのPRに努めている。一方都内のスーパーではいちごの価格に嬉しい変化が。
都内のスーパーでは今日いちごがお手頃価格で並んでいた。福岡のあまおうは1パック538円、熊本のゆうべには430円などいずれも以前より100~200円安くなっている。秋葉社長によると、いちごの出荷量がこれから増え更に価格が下がる可能性もあるという。
明日の東京の天気を伝えた。
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明日の関東の天気を伝えた。
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今日のしらべてみたらは、ウクライナ侵攻から今日で4年、避難民の今をしらべてみた。
ロシアの軍事侵攻から今日で4年、戦火を逃れ日本で避難生活を送っているウクライナの人たち。母国では今も被害が拡大する中、日本での平和な生活に感謝する言葉が。子どもたちは母国語よりも日本語になじみ、日本人以上に日本文化を習得中。しかし子ども達の成長を見守る親世代は長い日本の生活で複雑な思いも。さらに支援の一部が終了し生活が逼迫、それでも日本に住み続けることを決意した家族はウクライナにはもう帰れる場所はないと話す。今日のしらべてみたらは、日本に住むウクライナ避難民は何を思い、どんな未来を思い描いているのかしらべてみた。
ウクライナから避難した60代の女性、スベトラーナさんは首都キーウ近郊の町ブチャの出身。ブチャはロシアによる住民の大虐殺が起き子供の連れ去りなど大規模な戦争犯罪が確認されている町。そこから、夫と娘そして、当時7歳の孫の4人で家族のつてを頼りに、何とか日本に避難してきた。今も、日本語には苦労しているようだ。その一方で孫のダニエル君は来日して3年、日本語はペラペラになっていた。しかし避難してきたばかりのころは日本の学校にうまくなじめない日々が続き他の子供とけんかをすることもあった。そんなダニエル君は避難先の子どもたちに交じって週1回の空手の稽古に励んでいる。2年前からこの道場に通い始め今では8級。青帯をもらうまでに上達している。そんなダニエル君が今、夢中になっているのが漢字の勉強。書いてくれたのは日本人でも知らないような難しい漢字ばかり。こうして、避難生活を通して日本の文化をどんどん吸収していくダニエル君。その一方で母国語のウクライナ語やその歴史も学んで入るが、避難生活が長くなるにつれてウクライナ語やウクライナの歴史についての学習が遅れてしまっているという。そのため2週間に1回ウクライナの子供たちが集まり学習する時間を作っている。子どもをウクライナ人の学校に通わせている母親は「子どもがウクライナ語を学び、祖父母と話せるようになってほしい」と話していた。
横浜市ではウクライナの避難民に向けてボランティアの人たちが日本語を教えていた。新しいものをどんどん吸収していく子供たちと違って大人が言語を一から学ぶのはひと苦労。それでも、彼らには日本語を学ばなければならない理由があった。それは日本国内での就労問題だ。ウクライナの避難民には日本財団が1世帯当たり年間100万円の経済支援を行ってきた。しかし、それも去年で終了。今年からは働かなければ避難生活を続けることも難しくなっている。そんな中、日本に来てから技術を身に付け職人として活躍するウクライナ避難民もいる。ウクライナからの避難民デニス・クラリカウスカスさん。デニスさんが住んでいるのは地獄めぐりで知られる温泉地、大分県別府市。妻と子供2人の家族4人で一軒家に暮らしている。一家が日本に避難してきたのは4年前。ロシアによる侵攻が始まってすぐのことだった。デニスさんたちが住んでいたのはウクライナ東部のドネツク州。2014年に、ロシアが一方的な併合を行って以降両国の戦闘が激化しているウクライナで最も危険な地域だ。ウクライナにはもう戻らない決意をし、ほとんど無一文の状態で日本にたどり着いた。
ウクライナから大分・別府市へ避難してきたデニスさんが生活のためには手に職をつけなければと選んだ仕事が「畳職人」だった。もともとウクライナで内装業をしていたというデニスさん。それでも最初は単位がセンチではなく日本独特の寸を使うことなど苦労した。今ではすっかり畳がお気に入り。真面目に4年間毎日、畳と向き合い続け、去年ついに2階建て5DKのこの中古住宅をローンなしで購入した。いまでは完全に自立した生活を送れるようになった。ウクライナから避難して4年、日本で平和な生活を確立したデニスさん一家。しかし戦いが続く故郷に話が及ぶと「どちらかを支持することはできない」と複雑な感情を見せた。「ウクライナにもロシアにも友人がいる。友人同士が殺し合っている」とロシアの支配地域で生きてきたからこそ抱く複雑な思いがあった。遠い故郷に胸を引き裂かれながら別府という新たな故郷でデニスさんたちの生活は続く。実は大分県は、人口当たりのウクライナ避難民受け入れ数が全国3位。侵攻開始から手厚い支援を行ってきた。
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- 別府(大分)
ウクライナの避難民を多く受け入れている大分県で働くコバレンコ・バーディムさん。障害者の自立支援を行う太陽の家で電子機器を作る仕事をしている。3歳のころに木から落ち、それ以来耳が聞こえなくなったコバレンコさん。実は、日本とウクライナでは手話も全然違うが、避難をきっかけに日本の手話をマスター。初めはうまくできなかったものの同じ聴覚障害を持つ日本人の同僚が親身に教えてくれたという。努力家で勤務態度も真面目そのもの。そんなコバレンコさんを同僚は「日本人より日本人らしい」と高く評価、職場でも人一倍信頼されている存在だ。そんなコバレンコさんにも頼れる大切な存在が、手話で冗談交じりに会話するのは妻のアンナさん。アンナさんも聴覚障害者で、得意の料理の腕を生かしてスーパーでパン作りの仕事をしている。日本の生活も安定してきたコバレンコさん。しかし、パソコンを通じて毎日母国の戦況の確認をしているという。彼の3人の子供のうち、長男がウクライナ軍に徴兵されている。過去には、3か月間連絡が取れず不安な日々を過ごしたこともあった。安全な日本にいてもロシアによる侵攻が頭から離れる日はないという。
