2026年3月20日放送 22:00 - 22:54 テレビ東京

ガイアの夜明け
【あの主人公はいま…3.11SP故郷を取り戻す!】

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(オープニング)
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醸造所・バーガー店…続々誕生

JRの常磐線が走る福島・南相馬市小高区。東日本大震災で非難を強いられた街に賑わいが戻りつつある。一昨年にできた醸造所は築80年の民家を改装した。立川哲之さんが始めたのは地元・小高の米を使ったクラフト酒造り。日本酒をベースに柑橘類やハーブで風味を加えている。東京都出身の立川さんは宮城の酒蔵での修行を経て小高へ移住してきた。巨大地震直後に起きた福島第一原発事故で原発から20キロ圏内の小高区は避難指示区域に指定され、全住民1万3000人が避難することとなり人口は一度ゼロとなった。そんな場所に起業を目指す若者が続々と集まっている。そんな起業家たちを惹き付けているのが小高出身の和田智行さんである。和田さんが2019年に立ち上げた小高パイオニアヴィレッジは起業家を育てる拠点となっている。震災から15年、復興にかけた人々の知られざる挑戦に迫った。

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あの主人公はいま…震災15年SP 俺達の故郷を取り戻す!
2014年放送「福島の未来のために…」

原発事故から3年、一時帰宅が許されるようになった小高区に初めてガイアのカメラが入った。昼間の立ち入りや店舗営業は認められるようになったが住むことはできない。街の玄関口・小高駅の駅前にいち早くオープンした事務所があった。小高ワーカーズベースでありこの地で事業を始めたい人の拠点となるシェアオフィスである。和田さんはこの時、37歳であった。システムエンジニアとして東京で6年間働いていた和田さんは故郷にUターンした矢先に被災してしまった。2014年6月、みんなで新たなプロジェクトを始めようとしていた。蚕を育てて繭から絹の糸を作る「お蚕様プロジェクト」である。小高は元々養蚕と機織が盛んな街で慣れ親しんでいた地場産業に復興の糸口を見つけようとしていた。元気にやって来たのは地元の女性たちであり、仕事ができたことで自然と笑顔になって多くのメンバーが仮設住宅から通ってきた。さらに空き店舗を活用した食堂「おだかのひるごはん」も開業し、おいしいものを出すことで一時帰宅してくる住民たちが気軽に立ち寄れる場所を作った。和田さんは4人家族でその生活も原発事故で一変していた。自宅に住めなくなり20キロ圏の外にある原町区の仮住宅で両親と暮らしていた。そして週末は妻と子が避難する会津若松市へやって来て2時間半かけて通う生活となっている。震災当時まだ小さかった長女は5歳となり長男は小学1年生になっていた。子どもたちが帰れる故郷を取り戻したいと和田さんは前を向いていた。

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原発20キロ圏を賑わう街へ

あれから12年、小高で暮らす和田さんを訪ねた。2016年の避難指示解除と同時に地元に戻った和田さん一家。今は両親とともに家族6人で暮らしている。帰ってきてからは2人の子どもたちは地元の学校へ通い、長男はこの春から東京の大学に進学する。次の世代のためにも拠点を守りたいというその拠点が2019年に自宅の向かいに作った「小高パイオニアヴィレッジ」でワーカーズベースを発展させた施設である。ここで妻の菜子さんとともに、小高に人を呼び込む活動を続けている。そんな和田さんが力を入れているのがガラス工房。主にアクセサリーの製造を行っている。お蚕様プロジェクトに続く地域に根ざした新たな産業に育てようとしていた。9人のメンバーのうち2人は県外からの移住者である。当初は受託生産だったが2019年からは自社のブランドも生産している。小高の街の花・梅をモチーフにしたアクセサリーやアワビの貝殻を埋め込んだものなどインターネット販売を中心に人気を集め今では年間4000万円を売り上げるまでに成長した。

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小高の挑戦…能登で生かす

今年2月石川・に和田さんがやって来た。能登半島地震から2年が経った今でも街の復興は思うように進んでいない。和田さんは定期的に能登を訪れていた。立ち寄ったのは地元のシェアオフィスで代表の伊藤紗恵さんも和田さんを頼る1人である。オフィスの一角に作られていたのはガラス工房であり、和田さんのアドバイスを受けて立ち上げていた。仕事を通して故郷の復興を目指す地域を超えた取り組みであった。続いて訪ねたのは石川・穴水町甲地区。およそ300人の小さな集落には生々しい地震の爪痕が残っていた。地域の人たちが集まる公民館に和田さんが呼ばれており、この街でも住民が集まる食堂を作れないかという提案をしていた。ヒントは食堂「おだかのひるごはん」でその影響力を実感したからこそであった。早速候補地をみんなで視察することになり、2005年に廃線となった能登線甲駅の駅舎へやって来た。女性たちが中心となり駅舎を改装して食堂をオープンする計画が動き出していた。

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被災地に再び笑顔を…

小高に戻った和田さんがこの日向かったのはパイオニアヴィレッジ近くの民家であり、地域の住民が集まり醸造家の立川さんが作った今年初めてのお酒を紹介していた。震災から15年、挑戦を続ける和田さんにとって故郷とは失いたくない場所だという。

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小高区(福島)
屋台村に懸けた復興の夢は…

一方岩手・大船渡市では震災後沿岸部に土を盛って3~5メートルかさ上げしていた。大船渡市では震災で340人が亡くなり、79人が今も行方不明のままである。その海を見つめる男性はこの街で生まれ育った及川雄右さんである。及川さんは大船渡の復興に深く寄与した人物で震災が起きた直後からガイアは取材していた。

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大船渡市(岩手)東日本大震災
2011年放送「日本一の屋台村をつくれ!」

高台に大船渡で唯一津波を免れたホテル「ホテル丸森」があった。2011年6月6日、ホテルの一角が美容室がオープンして賑わっていた。震災で家を失った美容師たち7人が集まり、ここで営業を再開した。場所を提供したのはホテル丸森の社長・及川雄右さんでこの日はホテル丸森の会議室で大船渡飲食店組合の会合が開かれた。加盟する60店舗のうち57店舗が被災していた。社長の及川さんは大船渡飲食店組合の組合長でもあり多くの人を救うことができると考えていた。及川さんが最も頼りにしているのが幼馴染でもある飲食店組合の副組合長である新沼参壱さんである。及川さんたちのもとに全国から支援の食材が届き、それをどう活かすか新沼さんがメニューを開発する。貴重な食材から個性あるメニューをひねり出すうちに屋台村の進むべき道も見えてきた。建設場所では400坪の土地を貸してくれていた。そして及川さんのもとには屋台村への参加申し込みが続々と届き始めていた。しかしその中に来るはずの人からの申込書はなかった。

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震災直後の大船渡で屋台村建設に奔走する幼馴染の2人。及川さんのホテル丸森にこの日は新沼参壱さんが訪ねてきて2人は別々の道を歩むこととなった。その4か月後の2011年12月、大船渡屋台村がオープンした。それぞれの店はカウンターだけの8席で20店舗が集まった。屋台村の中心にはステージが作られ連日多くの人で賑わったが、沿岸部全体のかさ上げ工事のため5年で閉業となった。

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別々の道を歩んだ2人はいま…

あれから9年、屋台村の跡地は今ドラッグストアになっていた。復興の拠点だったホテル丸森を訪ねると、あの及川さんが出迎えてくれた。父親から引き継いだホテルは巨大地震に耐えたとはいえ壊れた箇所も多く、コロナで客足が途絶えたのがトドメの一押しになってしまっていた。今及川さんはどうしているのか向かったのは屋台村を引き継いだ場所であった。2017年にオープンした「キャッセン大船渡」は飲食店など約30店舗が集う商業施設で大船渡の新たな中心地である。そのキャッセンにある「湾岸食堂」で及川さんはオーナーシェフとして厨房を1人で切り盛りし身を粉にして働いていた。その店内で一際目を惹くものがあり、早くも湾岸食堂は満席状態となっていた。及川さんは地元の食材にこだわっており、店の看板メニューはカキである。特に冬の時期の目玉は「わかめしゃぶしゃぶ」で1月から3月までしか採れない早採りのわかめを使っていた。及川さんは大船渡で採れる食材で街に賑わいを取り戻そうとしていた。かつて屋台村で軒を連ねていた仲間は今では独立して店を営んでいた。そんな仲間たちと大船渡でがんばる及川さんはずっと気になっている人がいた。かつて屋台村建設に奔走しながらも東京に行った新沼さんのことである。

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東京・武蔵村山市の一角に人気の寿司店がある。その名も「三陸 大船渡寿し」で新沼参壱さんがいた。新沼さんは状況して2年目には独立し、自分の店を構えていた。大船渡で指折りの料理人だった新沼さんは今やすっかり武蔵村山に溶け込み常連客に愛されていた。新沼さんは店で使う食材の多くを大船渡から仕入れており、この時期の「わかめしゃぶしゃぶ」は店の定番メニューであった。店の中に今も大切にしているものがあり、ずっと心に秘めてきたこともあった。3月3日、新沼さんがある決心をして故郷に向かっていた。

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配信情報

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別々の道を歩んだ2人はいま…

震災後に故郷を離れ、東京で寿司店を営んできた新沼参壱さんは大船渡を目指していた。15年の節目が1つの決断を後押ししており、真っ先に向かったのが湾岸食堂であった。大船渡にこだわる2人は同じメニューを目玉にしていた。同じ客商売を営む及川さんは新沼さんの心情が痛いほど分かっていた。再会した2人の話は真哉まで続いた。別々の道を歩んだ2人だがその道が再び交わる日が来るかもしれない。そして3月11日を迎えることとなった。

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あれから15年…それぞれの3.11

3月11日の大船渡寿しで運命を大きく変えたあの時刻がやって来た。新沼さんはいつか故郷に帰ることを夢みていた。同じ時刻、大船渡市では黙祷を捧げていた。その中には及川さんの姿もあった。自分たちの故郷を取り戻す挑戦は未来へと続いていく。

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(エンディング)
次回予告

「ガイアの夜明け」の次回予告をした。

(番組宣伝)
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