- 出演者
- 児嶋一哉(アンジャッシュ) ウエンツ瑛士 バカリズム
オープニング映像。
京都・美山町在住の太田雄介さん(44)に密着。太田さんは湯葉職人で地元食材にこだわった美山ゆばを17年前から作っている。仕事は深夜1時30分から始まる。まずは湯葉のもととなる豆乳作りから。豆乳が完成したら、いよいよ湯葉作り。台に豆乳を流し込んで蒸気で温めて湯葉を作る。この日は一人で約2500枚を作る。太田さんは汲み上げ湯葉だけでなく湯葉どうふや引きあげ湯葉なども手掛けている。汲み上げ湯葉だけでなく湯葉どうふや引きあげ湯葉なども手掛けている。
続いて引き上げ湯葉を作った。太田さんは体力が持つ限り湯葉を作り続けるという。
木元さん親子が働くのは三代続く老舗のパン屋さん。コロッケロールなど手作りにこだわった約60種類のパンが並んでいる。1日に売れる数は1800個。機械も材料もレシピも先代から変えずにやってきた。さらに長距離ドライバーの愛される国道沿いの24時間食堂の仕事に密着する。
深夜3時からパン屋の仕事は始まる。機械は先々代から使っている物ばかりだ。まずはコッペパンの生地から作り始めた。生地ができあがってからは親子で作業をする。朝6時半にオープンまでに500個、1日で1800個のコッペパンを作る。また廣司さんは元々お客さんだったという。
CM前に引き続き、パンを作る工程が流れた。早朝5時になるとパートスタッフが出勤してきた。具材担当の従業員で約10種類を一気に作っていた。二代目・廣司さんがパン屋を継いだ理由は、元々お客さんでまるき製パン所を開いたのは廣司さんではなく幸子さんの父だったという。二代目はここから更に1300個のコッペパンを作った。オープンと同時にお客さんが集まりあっという間に大行列となった。まるき製パン所は手作りにこだわったおよそ60種類のパンを販売している。一番人気はハムロール。その後も行列は途絶えることなく続いた。ひる1時にやっと朝メシを食べた。
庄司恭子さんが働くお店はドライバーから愛される24時間食堂。多い時は1日1000食以上を売り上げている。深夜3時30分から仕事は始まる。まずお弁当430個を作るところから取り掛かった。しかし深夜でもお客さんが次々とやってくる。
食堂の深夜営業は平日は2人、休日は3人体制となっている。店内客の料理を出す合間にお弁当のおかず作りをしている。メニューは64種類で5分前後の調理を目指している。また週末になると恭子さんの夫・一彦さんも休日返上で食堂を手伝っている。食堂で一番人気のメニューはチキンカツ。そのため仕込みも大量である。鶏肉16kgを切り分ける工程にから揚げを美味しく揚げるポイントがある。値段を少しでも安く抑えるため多くの料理は手作りとなっている。食堂のお客さんは長距離ドライバーが多いが、地元のサッカー選手たちもほぼ毎日朝食を食べに来ている。茂利多屋が24時間食堂を始めた経緯について恭子さんは話した。お店が開店した40年前は高速道路は今より充実しておらず全国各地の国道沿いで飲食が出来るドライブインがブームだった。母が亡くなってから一旦は営業時間を短縮したが、ドライバーたちの声で24時間営業を再開した。朝7時に食堂は落ち着いたが、お弁当作りはしなければならない。
あさ7時。朝のラッシュは落ち着いたがお弁当づくりをしなければならない。39年前から店を支える店長も加わり、弁当作りのペースが一気にアップした。335個の弁当wpモンテディオ山形を山形へ届けるなどした。ドライバーだけでなく地元民にも人気の店だが2年前までは閉店の危機に瀕していた。
私の幸福時間のオープニング。
青森県十和田市の高渕英夫さんは野菜や山菜を道の駅に出荷している。幸せ時間は野生動物の観察。
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- 十和田市(青森)
私の幸福時間の次回予告。
家事ヤロウ!!!の番組宣伝。
ドライバーだけでなく地元民にも人気の店だが2年前までは閉店の危機に瀕していた。コロナで大きな赤字が出たり恭子さんの父ががんになったりしたという。その後父は他界したがお店にモンテディオ山形からスタッフ弁当をやって欲しいと電話がかかってきたという。その注文が苦しかった店の経営を救った。
南くんが恋人!?の番組宣伝。
24時間食堂は昼のラッシュで店内は満席となっている。ラッシュが過ぎ休憩時間にようやく朝メシを食べた。
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- 茂利多屋