- 出演者
- マツコ・デラックス 喜入友浩 阪田マリン んね 平田浩一 小阪芳史
日本のメダル獲得数24個と史上最多を更新したミラノ・コルティナ冬季オリンピック。熱狂の中、氷彫刻の熱きバトルが繰り広げられていた。さらに後半は令和に再ブーム。昭和レトロ喫茶店の世界。昭和バブルの美しき遺産深堀りSP。
国内外の大会で優勝し続けるホテルニューオータニ平田浩一さんとグランドプリンスホテル高輪小阪芳史さんがゲスト。今や氷彫刻は日本が世界に誇る氷アートに。日本人が世界の大会で活躍しまくっている。1988年から冬季オリンピックの文化プログラムとして世界氷彫刻選手権も4年に一度開催されている。今年の冬季オリンピックでもそれに先立ち、大会が開催され16か国から24名が参加し、小阪さんを含めた日本人3名が出場。上位には盾が授与される。会場となったミラノのペタッツィ広場は普段から様々なイベントが行われ、現地の人にも親しまれている場所。各国の選手が各テーマに沿ったものを仕上げた中、小阪さんが手掛けた作品はスキー選手が宙を舞う瞬間を捉えた作品で、競技の動作というテーマを的確に表現した。結果は優勝とはならなかったが、グループ内で競い合った他の選手による評価が高い選手に贈られる名誉ある賞を受賞した。
今、日本の氷彫刻の技術は世界トップクラスといわれ、世界大会でも上位に入る強豪国。その技術を見ようと訪日外国人も。氷彫刻の世界を教えてくれるのはホテルニューオータニに20年以上氷だけを掘り続けた平田浩一さんとグランドプリンスホテル高輪に所属しながら数々の世界大会に出場する小阪芳史さん。昭和バブルを彩った驚きの映像から日本が世界に誇る氷アートが続々登場。さらに過酷な制作の裏側に完全密着。
平田さんや小阪さんを追いかけ、今新たな氷彫刻師が増えている。なぜ日本の氷彫刻技術は世界レベルなのか?大きく飛躍した理由はバブル期にエンタメ化され、ブームになったから。1980年代後半から始まった好景気。ハイブランドやレジャーなど日本中が贅沢なライフスタイルで沸いた時代。特にディスコやパーティーは社会現象となり、派手な装飾品として氷彫刻が大人気に。「五木ひろし 芸能生活20周年謝恩パーティー」や「渥美二郎結婚披露宴」、広島東洋カープを支えた衣笠には国民栄誉賞内定を記念した氷彫刻など。またパーティーだけでなく街中でもイベントが頻繁に開催されていた。さらにテレビの生放送で氷彫刻の企画が放送されることもあった。平田さんたちによれば、パーティーや結婚式などで年間100体の氷彫刻が発注されるそうで、ホテルニューオータニ東京に勤務する平田さんの作業場に潜入。氷彫刻作りで欠かせないのがノミ・ドリル・チェーンソーなど。様々な形状のノミは作るものによって使い分けるそう。手始めに宴会の定番・白鳥を作ってもらった。宴会用の氷彫刻で気をつけるのは崩れ落ちないようにすること。40分ほどで白鳥の氷彫刻が完成。続いて、平田さんのお父さんが編み出した透かし彫りを使った作品を作った。ドリルで氷の中を削り、最後に絵の具を注入したら完成。氷彫刻に彩りや立体感が生まれる。
20代の頃から氷彫刻を作り続けてきた平田さんと小阪さん。今も全国の大会に出場し続けている理由は「一か八かのギリギリを攻める快感がある」からだそう。氷彫刻師憧れの日本3大コンテストは「明治神宮奉納全国氷彫刻展」、「国宝松本城氷彫フェスティバル」、「旭川冬まつり氷彫刻世界大会」だという。旭川の大会で2人が手掛けたギリギリを攻めた作品が「流れる氷美」と「独眼竜政宗」。平田さんは旭川の大会で19回、小阪さんは2回優勝している。「明治神宮奉納全国氷彫刻展」は氷彫刻の普及や技術に向上、継承を兼ねた奉納行事。総勢45名が参加し、個人と団体にわかれて競技を行う。出場者は前日16時から準備し、18時から制作を始め、6時までに作品を完成させなければならない。12時間でも時間は足りないため、ほぼ休憩をとらずに夜通し作業を行う。作業終了後は大会実行委員らによるデザイン性や技術点などの審査を受ける。テーマに制限はないため、個性的な作品が並ぶ。小阪さんは「新たな生命」というギリギリを攻めた氷彫刻を作った。この作品は団体部門で優勝した。一方、「国宝松本城氷彫フェスティバル」に出場した平田さん。この大会は2人1組10チームが競い合う。制作時間は16時から5時までの13時間。会場に自由に出入りできるため、地元の人や観光客が見物に来ることもある。作品は出場者、審査員、一般投票の合計で勝敗を決める。
平田さんの作品「炎龍」を紹介。高さ3m級で、炎を纏う龍をダイナミックに表現した作品だという。鱗を半球状に削ることで、臨場感のある光沢が生まれるという。この作品は、最高評価の金賞を受賞している。
小阪さん一押しの作品は、アラスカ ワールドアイスアートチャンピオンシップスの最優秀賞作品の「Let it be(作:中村順一)」だという。高さ5.4mの壮大な作品で、6日間で作ったという。
全国の昭和レトロ喫茶店を巡る阪田マリンさん・んねさんがスタジオに登場した。二人は、昭和から続く喫茶店の魅力を伝えたいという。
昭和・平成レトロブームで、喫茶店に若者が急増している。ニューヨーク・タイムズの「2026年に行くべき52か所」で長崎の純喫茶が紹介されるなど、世界中で喫茶店が人気になっているという。んねさんは全国500店舗以上の喫茶店を巡ってきたという。また、阪田マリンは、中学時代から昭和に憧れを抱き、昭和ファッションで喫茶店巡りをしているという。
マリンさんとんねさんが昭和レトロ喫茶店に夢中になる理由は「昭和のムダな豪華さがエモい!まるで異世界に踏み入る未知との遭遇とワクワク感」。ここからは平成生まれの2人が選んだ「衝撃を受けたレトロ喫茶店をランキング形式で紹介する。第6位は大阪府「喫茶マヅラ」と「純喫茶アメリカン」。大阪駅前第1ビルにある昭和45年創業の「喫茶マヅラ」。内装のテーマは宇宙船。当時アポロ11号の月面着陸や大阪万博を見てお客さんにも夢を見てもらおうと宇宙船をイメージしたという。衝撃ポイントは「不規則なレイアウトと宇宙感」。大阪を代表するレトロ喫茶店は他にも。昭和21年創業「純喫茶アメリカン」。エントランスにはど派手なシャンデリアが設置されており、現代のカフェではなかなか味わえない豪華な空間が味わえる。
「平成生まれの2人による 衝撃を受けたレトロ喫茶店」、第5位は兵庫県「喫茶コスモス」。兵庫県神戸市・須磨。実は今、須磨浦山上遊園の喫茶室で「昭和レトロを味わえる」と訪れる若者が急増中。ロープウェイに乗り、続いてカーレーターに乗って最上階にたどり着くと「喫茶コスモス」がある。衝撃ポイントは「約55分間で1周する回転式の喫茶室」。席に座るとゆっくり回る景色を楽しみながら昭和感を満喫できるレトロ喫茶室。
「平成生まれの2人による 衝撃を受けたレトロ喫茶店」、第4位は香川県「大川オアシス」。香川県さぬき市、昭和39年の東京五輪に合わせてできたドライブイン「大川オアシス」。180度のオーシャンビューで、マリンブルーの内装や曲線のデザインが宇宙船のようなレトロ喫茶。晴れた日には席から小豆島を眺めることができる。
「それって実際どうなの会SP」「ニノなのに」「内村さんと有吉さん」「ちるらん」の番組宣伝。
平成生まれの2人が厳選 衝撃ランキングTOP6。第3位は岡山県「サンレモン」。岡山県倉敷市児島にあり昭和45年創業するサンレモン。注目は席について外を見た時の窓に常時水が流れておりまるで水のカーテンのようだという。水のカーテンについて3代目マスターにきくと「アメリカに行った時当時のホテルに水が流れていたらしくそれを面白いと思って取り入れた」とのこと。
第2位は神奈川県「純喫茶フロリダ」。大和駅前にある「純喫茶フロリダ」は昭和44年頃創業。階段を上ると、鮮やかなグリーンの柱や先代が貼ったという世界のカレンダーなどカラフルな空間が広がる。店内の薄暗い昭和感にマツコさんは「昭和でもない、何感って言うんだろうコレ?混沌よね。私すごい好き」などとコメントした。
まずは千葉・柏市 昭和48年創業の「柏 高島屋」でオープン時から営業を続ける「コーヒープラザ壹番館」。創業時から内装はそのまま。内装費に約6000万円かかっていて純金メッキ仕様となっている。ここでは個性的なクリームソーダが楽しめる。溶けにくい特注のアイスで薔薇の形を作り飾り付けしている。アイスを食べやすくするために回らない薔薇の形にしている。真ん中にストローを刺してドリンクとアイスが別々に楽しめるようになっている。
大阪駅前第1ビルの「キッサ モクバ」を紹介。若者に人気なのは、コーヒーゼリーとクリームが層になった「モノクロコーヒーゼリー」。次にフジサワ名店ビルの「コーヒーショップ 海」を紹介。この店では、セパレート型のグラスを使った「ダブルパフェ」を楽しめるという。次に、東京・蒲田の「チェリー」を紹介。店では、ほとんどの客が頼むという裏メニュー「プリンアラモード」があるという。メロン風の器が割れて数が少ないため、裏メニューになったという。
阪田さんは「昭和の人ってメロン憧れが強い」、マツコさんは「バカにしてんのかお前!今でもメロンって高級品だけど、当時はもっと高級品だった。イチゴだって味がしなくなるくらい練乳をかけていた」などと話した。
「news23」の番組宣伝。地方を去る女性たちを取材。
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