- 出演者
- 鈴木聡彦 福井慎二 田代杏子 深澤健太 新井秀和 兼清麻美 坂下恵理 大村和輝 福田裕大
松山城が築城を始めてから423年。国の重要文化財に登録されている松山城は1602年の1月15日に築城が始まったと伝えられていて、毎年松山市はこの日を築城の記念日としている。きょうは地元の持田幼稚園に通う子どもたち40人余りと初代城主の加藤嘉明にちなんだマスコットキャラクター「よしあきくん」が城山のふもとのロープウエーの駅舎で城の誕生日を祝った。市によると去年松山城を訪れた観光客はおよそ50万人とコロナ禍以降増加傾向が続いていて、外国人観光客にも人気のスポットとなっている。
愛媛県内の農家が育てた伊予かんや甘平といった愛媛特産のかんきつやレタスや里芋などの野菜の出来栄えを競う品評会が開かれた。この品評会はJAえひめ中央が毎年この時期に開いているもので、果実や野菜など4部門にJA管内の農家が育てているさまざまな農産物合わせて600点余りが出品された。JAえひめ中央によると、去年は梅雨明け以降気温が高かった影響で里芋やレタスブロッコリーなどの野菜は収穫量が減少して、価格が上がっているという。一方、かんきつは実りがよく糖度も例年並みの仕上がりになっているという。品評会で入賞した生産者はあす開かれる表彰式で表彰される。
七尾市のスキー場で地元の小学生を対象にしたスキー教室がきょうから始まった。七尾市にある10の小学校は授業の一環として七尾コロサスキー場で毎年スキー教室を開いているが、去年は能登半島地震のため中止となり2年ぶりの開催となった。能登半島地震で被害を受けた2人乗りのリフトは修理中で使うことができないため一部のコースは使用できないが、動く歩道のある初級コースなどは滑走ができる。スキー場の積雪は15センチほどとなっていて、子どもたちは全日本スキー連盟の公認指導員などに教えてもらいながらスキーを楽しんでいた。スキー教室は来月まで開かれ、七尾市内の小学校の児童合わせておよそ1200人が参加することになっている。
節分を前に福岡市の櫛田神社で高さ5メートル以上の大きなお多福の面が飾られた。福岡市博多区にある櫛田神社の「大お多福面」は1961年から毎年節分に合わせて神社の門に飾りつけられている。お面の大きく開いた口の部分をくぐって参拝すると商売繁盛や家内安全などの福が来るとされている。大お多福面は来月16日まで飾られるという。
サンマの漁業者で作る全さんま(全国さんま棒受網漁業協同組合)によると去年、県内で水揚げされたサンマは7421トンだった。前の年の4924トンと比べて1.5倍ほどに増えた。漁港別では女川港が3765トン、気仙沼港が3656トンだった。前の年より増えた理由について全さんまは、日本に比較的近い海域で漁場が形成されたことや国際的な漁獲量の規制強化により中国や台湾の漁船が早くに漁を終えたことなどが上げられるとしている。一方、去年の県内の水揚げ量は過去10年で最も多かった2014年の5万1278トンと比べると14%ほどにとどまっていて全国的にも低い水準が続いているという。全さんまの担当者は「全国的な不漁を脱したとはいえず手放しでは喜べないが、このまま水揚げ量が回復していってほしい」と話していた。
来月2日の節分を前に塩釜市の塩釜神社では豆まきで使われる升に文字を書き入れる福升作りが進められている。ことしの干支のへびのイラストとともに開運の文字の焼き印が押された木製の升に神職が筆で寿と福の文字を一つ一つ丁寧に書き入れていた。ことしは3種類の大きさで5000個余りを作る予定。福升にはこのあと袋に入った豆が詰められ、初穂料を納めた参拝者には今日から厄払いなどの祈とうを行った人には18日から授与されるという。
「海のゆりかご」ともいわれる藻場を再生させようと延岡市の漁港に海草を生やすためのコンクリートブロックが沈められた。県が今年度から始めた事業で、北浦漁港の港内に縦横2メートルほどのコンクリートブロック合わせて60基がクレーンを使って次々に沈められた。このブロックが人工の岩場となって1年後にはホンダワラやクロメなどの海藻の生い茂る藻場が生まれると見込まれる。県によると、港の内側は冬場の水温が外海より低く海藻の食害が起きにくいという。ゆくゆくは港内にできた藻場から海草のタネとなる胞子が放出されて、港の外側にも藻場が広がることが期待されている。県は延岡市の島野浦漁港でも同様の事業を行っていて、2つの漁港で合わせて2000平方メートルを超える藻場を作りたいとしている。
顔を黒く塗った福の神様が民家を訪ね身ぶり手ぶりで日用品などを売りつけるユニークな伝統行事「かせだうり」が昨夜、宮崎県都城市で行われた。神様は無病息災などのお札を手渡すと洗剤などの日用品やいちごなどを身ぶり手ぶりを使って2万円など法外な値段で売りつけようとする。これに対し家の人はお酒や料理をふるまって値切ることになっていて子どもたちも缶ビールを渡すなどして懸命に交渉していた。そして、交渉が成立すると神様が皆の幸せを祈願した。
網走沖のオホーツク海で今シーズン初めてとなる流氷を確認したと第1管区海上保安本部が発表した。千歳航空基地所属の航空機が確認したという。気象庁のホームページによると、今シーズンのオホーツク海側沿岸への流氷の到来は平年並みか平年よりは遅くこのうち網走市で陸地から肉眼で沖合の流氷を確認できる流氷初日は今月の下旬から来月上旬になると予想されている。海上保安本部は付近を航行する船舶に対し今後の流氷の動きに注意するよう呼びかけている。
佐賀・鹿島の中継映像を背景に全国の気象情報を伝えた。
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野島断層は10秒ほどで50cm近く隆起したとされていて震災で発生した地震の凄まじさを物語っている。北淡震災記念公園では140mの断層を見ることができる。研究員・加藤さんは野島断層が発見された直後から専門家として調査に参加し約30年にわたり野島断層の保存に携わっている。阪神・淡路大震災の翌日、大きくズレた野島断層が見つかった。地震の脅威を伝える証として研究者たちが保存を提案。震災から3年後に見学施設が完成した。しかし断層の維持管理は想像もつかない苦労の連続だった。12月下旬、断層のメンテナンスが行われた。補修の必要な部分がないか確認し小さな変化も見逃さないよう隅々まで点検する。もろくなった断層の表面には樹脂をしみこませて固める含浸を実施。徹底したメンテナンスの結果、野島断層は今も地震直後の姿を留めている。しかし施設を訪れる人は年々少なくなっている。加藤さんはこれからも人々に地震の教訓を伝え続けられるよう野島断層を守り継ごうとしている。
NHKのアーカイブス映像であの日の出来事をたどる。昭和49年、長崎県の端島、通称軍艦島にある炭鉱が閉山した。旧三菱鉱業により石炭の採掘が始まる。周囲を埋め立てながら護岸堤防を拡張し、海に浮かぶ軍艦のような姿になった。島には炭鉱労働者が住む構想鉄筋アパートや学校、病院などができ、最盛期には5000人以上が暮らしていた。閉山後は廃墟の無人島だったが、明治の日本を代表する産業遺産として世界文化遺産に登録され、上陸ツアーなどが人気を集めている。
平成22年のこの日、かわいいペット用の小型犬が和歌山県警の警察犬になった。警察犬としての名前はクリーク号。飼い主がしつけの為に預けた訓練施設で、賢く匂いを嗅ぎ分ける能力が優れていることが分かり、見事警察犬に合格した。NHKアーカイブスのホームページでも視聴が可能。
石川県加賀市の山中温泉。総湯と呼ばれる共同浴場は温泉街のシンボル。高畠菜那は総湯の入り口でチケットを買って番台で卵をもらい、温泉卵を作った。山中座では温泉水を使ったアイスキャンディーを売っている。試食した高畠菜那は「優しい甘さ。」などと話した。山中節は江戸時代中期から歌われ始めたといわれている民謡。九谷焼の窯元ではオリジナルのゆかたべを描く体験ができる。高畠菜那は絵付け体験に挑戦した。山中節の舞台は土日祝日に定期上演を行っている。
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