- 出演者
- 堂真理子 大下容子 松尾由美子 佐々木亮太 デーブ・スペクター 中野信子 水越祐一 仁科健吾 駒見直音 浦林凜
横浜市中区にある「ブリキのおもちゃ博物館」には1890年代から1960年代にかけて主に日本で製造されたおもちゃ約3000点が展示されている。戦前の頃のおもちゃには装甲車のおもちゃや「爆弾三勇士」をモチーフにしたおもちゃなどがある。館長の北原照久さんは「おもちゃは時代を映す鏡。二度と戦争の時代が来ないでほしいと思う」などと話した。
辻田さんは「戦前~戦時中は戦争に対する見方が現在とは大きく異なっていた。当時は戦争を日本の栄光などと捉え、その後に続けと教育を施してきた。また企業も戦争や事変に便乗する形で儲けてきた」などと話した。中野さんは「当時のおもちゃは現代とは異なる常識があったことを裏付ける貴重な資料。戦争を忌避する価値観がいつ転換してもおかしくないことを思い知らされる」などと話した。
国民の戦意を高揚させるためのポスターも多く作られた。当時は内閣情報局という組織が国策遂行のための情報収集・宣伝活動・言論統制を行っており、新聞等の出版物は国家総動員法によって処分され、レコードや映画などにも指導・取り締まりが行われた。辻田さんは「一方的に軍が統制したのではなく、民間側も軍や内務省に相談をしていた。相談する過程で民間側には軍が喜ぶようなものを作るノウハウが生まれる」などと話した。デーブさんは「プロパガンダなので日本の不利な情勢等は当時は国民に伝えられなかった」などと話した。
ドイツの首都ベルリンにあるドイツ歴史博物館には約100万点の史料を展示している。子どもたちへの教育はもちろん、多くの国民にドイツの歴史を伝えることを目的としている。ドイツ歴史博物館は1730年、武器庫としてベルリン東部に建設され、第1次・第2次世界大戦時には軍事博物館として利用された過去がある。第2次世界大戦後は社会主義の理念に基づく歴史博物館として数多くの史料が展示された。ベルリンの壁が崩壊した翌1990年に東西ドイツが統一されると双方の歴史を伝える博物館に生まれ変わった。戦後80年の今年、ナチスドイツによるユダヤ人迫害に関する展示に力を入れている。ドイツ歴史博物館館長は「大戦後、私たちはある悲劇を伝えようとしてきた。その悲劇とはユダヤ人に対する前例のない暴力です。人々がこの戦争の記憶を共有することがますます大事になっていると考える」と話した。600万人ものユダヤ人を死に追いやった戦争犯罪。ドイツ歴史博物館はその真実を余すところなく今に伝えている。
都内にも戦争を伝える博物館が存在している。総務省の所管で引き揚げ・抑留・兵士を中心に取り上げている「平和祈念展示資料館」。厚労省の管轄で傷痍軍人を紹介する「しょうけい館」。昭和館に関しては1984年に日本遺族会が当時の厚生省に平和祈念総合センター案を提出して戦争を広く振り返る構想として動き出したが、歴史認識に相違があり客観的な展示が困難と判断され、戦中・戦後の国民生活の展示が中心となった。辻田真佐憲は「総合的に見られる歴史博物館は、日本の都心にはない。日本は一方的に爆弾を落とされた側ではなく、相手にも攻め込んだりしているのでその歴史をどう書くのかで歴史認識問題が出てしまう。」などと話した。
アメリカ・ワシントンにある国立アメリカ歴史博物館は、建国から現代までのアメリカ史を網羅しており、アメリカが関与した主要な戦争の展示コーナーも設けている。負の歴史として第2次大戦中、日本人や日系人約12万人を強制収容所に隔離したことも展示されている。広島・長崎への原爆投下についても最後の一撃という展示で触れている。辻田真佐憲は「日本も自由な国として他の国を参考にしながら65点くらいの感覚で歴史博物館を作っていけば納得する展示が出来るとみられる。」などと話した。
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谷村新司についてデーブは「仲間と夏によく食べたものはアリスクリーム。」などと話した。
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