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- 村上龍 小池栄子
オープニング映像。
今は円安の影響で海外旅行は割高。旅行に行こうという人の8割が国内旅行を選ぶという。
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- トリップアドバイザー
長崎県の壱岐島はパワースポットとして知られているが150以上の神社が島に集まっている。スピリチュアルな島に離島で唯一ミシュラン5つ星を獲得したホテルがある。壱岐リトリート 海里村上は全部12室の隠れ家で夏の稼働率は8割を超える人気。横浜からの観光客がやってきたがその一番の目的は壱岐の島観光ではないというが、このホテルに泊まりたいから来たという。旅の目的地になるホテルで宿の売りの一つは湯本温泉。1700年の歴史をもつという。源泉かけ流しのお湯は露天風呂でも楽しめ、スパも完備しゆったりとした時間を満喫できる。この宿の売りの夕食は壱岐のクラフトビール。さらに地元の食材を使用した料理が楽しめ、壱岐牛や黒あわびなどが楽しめる。この旅の目的地になるホテルを運営しているのが温故知新という2011年創業の会社。温故知新はオーナーから施設を借りて運営に当たるビジネススタイル。唯一無二の個性的なホテルやレストランを全国に11施設手掛け、売上は23億円に達する。
長崎県壱岐島にある壱岐リトリート 海里村上ではここでしか食べられない味を生み出しているのは支配人兼料理長の大田。ウニの炊き込みご飯を売りにしているがこの日向かったのは近くの田んぼ。料理長が自分で育てた米をホテルで提供しているという。また料理以外の名物も作ったがそれは食事を豊かにするお酒。壱岐は麦焼酎発祥と言われる焼酎の名産地。そこで地元の蔵元と組んで、壱岐の特産品を焼酎に漬け込んで新たな味を生み出した。いちごや柑橘だけでなく以外なものにはウニの殻などを入れたという。試行錯誤の末できたのがクラフトジン カグラ。ホテルでも提供している。
愛媛県松山市にやってきたが建築家の安藤忠雄氏がセッキしたゲストハウス付きの美術館があるがこれをホテルに改装した瀬戸内リトリート青凪は客室は装飾を排除した空間が広がる。
瀬戸内リトリート青凪ならではの体験には湯船の半分を浅くして横になれるようにしている。露天風呂ならぬ寝湯つきの客室。温故知新の松山知樹は安藤忠雄氏の美術館までホテルにしてしまったが、その立地を見てみると山の名化にぽつんと立っているがこんなにアクセスの悪い場所でも勝負する。
温故知新が手がけるホテルには客を満足させるため手間が詰まっている。またホテルを利用したお客の要望を細かく共有している。貸切プールがある水中ライトではこの電球が切れると大変だという。スタッフは地下に降りて直径60センチほどのの中に体を入れて迷路のような配管をくぐり抜けて通路の先の電球を変えている。スタッフはこのホテルのエキスパート揃いになるという。松山は北海道の離島を舞台に新たな挑戦を始めるという。
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松山は社名を温故知新にした理由に古いものを大事にし新しい要素を入れて次の時代に繋いでいくという意味合いで名付けたという。また料金は一人5万円と高めに設定しているがお客は来るか?に松山は来ると答えたが若い客でもお金を貯めて来る人もいるという。また宿泊業界の常識とは違うホテルは立地が悪くても構わないのか?との意見には遠ければ遠いだけ魅力が高ければ来てくれると答えその分ハードルが高くなるだけだという。また距離があったほうが良かったりする場合もあるという。また瀬戸内リトリート青凪については安藤忠雄氏設計の建物でコンクリート打ちっぱなしのミニマルな空間でミニマルラグジュアリーというコンセプトにしたという。豪華はホテルは飾る必要があるのでお金がかかるが、お金がなかったので逆になにもないのが贅沢という逆転の発想をしたという。ほかにも岡山県に唯一無二を打ち出したホテルが。ケイリンホテル10は競輪場が目の前にある世にも珍しいホテル。レースだけでなく練習する選手の努力を肌で感じてもらおうというホテルだという。今年大阪にオープンしたキュヴェ・ジェイツー・ホテル オオサカはシャンパンを全面に打ち出したホテル。フランスの名だたる生産者と組んで入手困難な銘柄も揃えたが寿司と一緒に5種のシャンパンが楽しめるディナーも。コンセプトを決めるのに重要なものについて松山はユニークさを追求していると答え、他と似たようなものはしないようにしているという。また温故知新は新興勢力であり、今まであるものをやってしまったら勝ち目がないという。
温故知新の本社は東京・新宿区のビルの中にある。ここはシェアオフィスで、借りているのは一室のみ。従業員は420人いるが各地のホテルで働いているのでここで十分だという。現在松山の元には運営の依頼が年間100件近く来ているという。この日はデザイナーと熱川に手掛けるホテルの打ち合わせを行っていた。温故知新はこうした集客が難しそうなホテルの駆け込み寺にもなっている。今でこそ旅行業界で注目が集める松山だが過去には絶対絶命のピンチに追い詰められたことも。1973年にアメリカ・デトロイトで生まれた松山は外資系コンサルティング会社を経て、星野リゾートに入社。任されたのは、旅館の再生事業でそこで宿泊業の面白さにのめり込み、一生の仕事にしようと決意。松山はその後星野リゾートを辞め2011年の37歳の時に温故知新を創業した。そのわずか1ヶ月後に東日本大震災が発生した。日本中が観光どころではなくなる非常事態で、松山が用意していたプロジェクトもすべてストップした。松山は旅行のコンサルティング業務で急場をしのぐがその一方で自分が思う宿を作りたいと思っていた。その転機は4年後。松山のもとにはじめてホテルの運営依頼が舞い込んだ。それが山の中にある安藤忠雄氏が手掛けた美術館の再生案件だった。
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唯一無二の個性はホテルなどを展開する温故知新。最初に手掛けたのは安藤忠雄氏の手掛けた美術館をホテルへリニューアル。広々とした空間に狙いをつけた松山。一人1泊12万5000円で行けると思っていたが、全く売れなかったという。山の中にある高級ホテルに客が来てくれず毎月300万円の赤字を出すことに。焦った松山は現場に細かく口を出しホテルの修繕まで求めた。そんな中当時支配人だった社員や厨房スタッフが集団退社した。ホテルをあけることすらままならなくなり破産寸前にまで追い詰められた。
諦めない松山はかつてコンサルティングした旅館などから出資を募り3200万円を集め再建に乗り出した。この時に経営者としてのやり方を変え現場への口出しをやめた。そのために作ったのがクレドという守るべき信条を書いた紙。現場を任されるようになったスタッフにも変化が現れ、ホテルの料理長は客に季節を感じてもらおうと提供する葉は自分が収穫したものでより客が喜べば嬉しくなるという。こうしたやり方で松山は現場をやる気にさせ評判を上げていき2年後に黒字化に成功させた。松山は依頼が100件来たらどれほど受けるのか?については2つか3つほどだという。その判断基準については独自性で、今までに魅力があるか、ピンと来るかどうかだという。また安藤忠雄氏の美術館のリニューアル案件についてはバブル時代に作った巨大な別荘のようなもので、建物は立地だが最初に売るか壊すのか、なにかに使うのかどうするか?という相談を受けたのが最初だったという。しかし開業当時はお客が中々来ず、そのしんどい時期は皆仲が悪く、いつやめてやろうかという雰囲気だったという。
松山はスタッフへ信条を書いたクレドを配布。その内容を紹介したが指示を待たない、じゃあどうすればいい?立ち振舞、言葉遣いに誇りを、私たちという言葉を使う、言い負かさない、顔を立てると一部を抜粋。私たちという言葉を使うという項目に松山は仲間意識をどうもつかと思っていて、現場のスタッフに対し、あなたちがこうしたからこうなったという言い方をすると敵対関係になるという。私達はこんな風にしなければいけないと言い方をすると仲間になれるという。
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創業から13年、松山が大きな勝負に出た。向かった先は北海道の離島の礼文島。もともと観光の島だったが、コロナの影響で観光客は3割近く減少した。過疎化も進み、人口はピーク時の3割ほどに。そんな礼文島で自社ではじめてのホテルを所有し運営に乗り出すという。リニューアルオープンするホテルは海沿いにある三井観光ホテル。もともと業績は堅調だったが、後継者不在で松山に声がかかり取得したという客室は全部で100室という規模で、冬は観光客が少なく営業は5月から10月の季節限定のホテル。しかし早速問題が勃発。厳しい冬に壁の中の水分が凍って亀裂が入ってしまい浸水しているという。そのホテルのリニューアルを任せられたのは入社5年目の小林。住み込みでここに勤めているという。過去には岡山のケイリンホテルを手掛け自転車の部品を使ってリノベーションを行い個性をアピールした企画室のエース。
温故知新は北海道でははじめて礼文島のホテルを所有し、運営に乗り出した。そのホテルのリニューアルを任せられたのは企画室のエースの小林。毎日島中を歩き回り客を喜ばせる素材を探している。港では名産の真ほっけがあがっていたが、小林は料理料理のぬかほっけを味見。おにぎりの相性と抜群だとういことがわかり、宿で出す料理のヒントになったという。また漁師の竹野さんはむらさきうにを収穫。このうには島一番のごちそうだという。
松山は魅力的な宿を作るためには編集力が必要だと言うが、素材がホテルの周囲にたくさんあり、歴史や景色や温泉などこれをうまく商品化しお客に伝わりやすい形にするという。また宿はオープンした時に出来上がるものではなくそこからスタートで、現地のスタッフが創意工夫しながら常に新しいことをし、温故知新のフィロソフィーにしているという。
村上は今日の総括に変わった社名だ。「古きを温めて新しきを知る」という文字通りの意味らしい。宿は余っているというのが松山氏の考え。バブル期の過剰投資に始まり、つい最近までインバウンドブームがさらに背中を押す形で、宿泊施設は供給過多が続いているのだそうだ。そういった宿の再生を、ひとつひとつカスタマイズする。気軽に泊まれる価格ではない。客は、自分の時間を金をどう使えば幸福感が訪れるかを考えている。そういう客は、これまで少なかった。ほとんどは皆と同じ幸福感に酔っていた。画一的な幸福感は、もう存在しない。とした。
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カンブリア宮殿の次回予告。