- 出演者
- 有吉弘行 久保田直子 マツコ・デラックス
栃木・那須塩原市の農園芸資材の専門店「TaiShoDo」。大正時代に薬局として創業し代替わりするごとに違う業種に手を伸ばし4代目が園芸業を開始。現在の5代目が農園芸資材の巨大専門店をオープン。売られている植物は3000点以上。去年スペインから輸入した樹齢900年のオリーブも販売、価格は400万円。オリーブは1000年以上も育つため古代ローマ時代から平和と繁栄の象徴とされている。
- キーワード
- TaiShoDoU字工事オリーブキャットテールスペイントヨタ自動車ドラゴンクエストマークIIユーリキニア・カスタネア スピラリス仁支川峰子伊豆シャボテン動物公園吉成仁吉成秋次郎吉成重雄大正堂有吉の壁猫福岡県茨城県那須塩原市(栃木)那須塩原駅
店内イチの激アツスポットは塊根植物コーナー。塊根植物は水分や養分を蓄えるため根や茎が肥大化する植物。ずんぐりとした形状が可愛いと植物マニアに大人気。こちらでは塊根植物だけで100種類以上。塊根植物の王様ともいわれるパキプスは繊細な植物で輸入が難しくなかなか日本に入らない高額植物。ラテン語で素晴らしいという意味のミラビレは地上のサンゴともいわれる。温度管理次第でピンクの花も咲かせる。ブーファン・ハエマンソイデスは球根の半分以上が地表に出ている球根植物。U字工事は有吉にブーファン・ハエマンソイデス、マツコにペラルゴニウム・ミラビレを候補にチョイス。
「TaiShoDo」では定期的に多肉植物の寄せ植え体験を開催。福田は有吉、益子はマツコに向けて寄せ植えを作ることに。上手くいかず舌打ちしながら30分かけて作った。栃木代表・U字工事のお土産は自作の寄せ植え以外にも、有吉にブーファン・ハエマンソイデス、マツコにペラルゴニウム・ミラビレに決定した。
茨城代表・黒沢&大久保は茨城・笠間市「回廊ギャラリー門」へ。笠間焼は生活雑器として作られていたが戦後、プラスチックの流入で需要が減少。このままでは笠間焼が衰退してしまうと1960年代、芸術家を全国から集め移住者専用の団地や指導所を整備するなど多くの移住者を誘致。「回廊ギャラリー門」では80名以上の作家の作品が売られている。多彩な絵付け技法を使い工程の前後に関わらず色は焼き付けて仕上げている。黒沢&大久保はマツコ有吉へのお土産より先に久保田アナへのお土産として急須をチョイスした。
オープニング映像。
学童保育の補助員をしている和田さんの幸福時間は観光ガイド。5年前に始めたという。歴史が好きで20年前に日本一の古墳が見える場所に住みたいと引っ越してきて地域の歴史を知りみんなに伝えたくなった。42年前、バスガイドをしていて話すのは得意。力を入れる解説は千利休屋敷跡。相手の反応に合わせて話題を選ぶ。
私の幸福時間の番組宣伝。
茨城代表・黒沢&大久保は「回廊ギャラリー門」へ。笠間焼作家・佐川義乱さんの工房を訪れて秘技を見せてもらった。伝統的な技法でモダンな作品を手掛けることで注目の笠間焼作家。スポイトで笠間の土を垂らし、松で掻いて模様を描いていく。
茨城代表・黒沢&大久保は「回廊ギャラリー門」へ。有吉には自然を感じるお皿、マツコには何でも入れられるお皿をチョイスした。
福岡代表は仁支川峰子&アルコ&ピース平子。2人は今回の企画に気合十分でロケ前日から福岡入りして夜遅くから決起集会をした。
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- 中洲(福岡)
峰子&平子がやって来たのは「楢崎商店」。福岡に300社程ある明太子店の中でも知られざる名店。看板商品は「青唐辛子明太子」。赤唐辛子を使わず青唐辛子と鰹出汁で漬け込んでいる。一般的な明太子は皮と粒がしっかりした加工しやすいモノを使用することが多いが、「楢崎商店」では皮が薄く生まれる寸前のタラコを使用。皮が薄い分、瑞々しく柔らかく仕上がる。お店オススメの食べ方はイカの刺身に乗せて食べる。
峰子&平子がやって来たのは「宝雲亭 中洲本店」。博多一口餃子発祥のお店。「天冨良 天寿」の大将曰く博多イチ美味しい餃子とのこと。初代が満州の餃子の味を再現し創業から変わらぬ味で営業を続ける名店。黒柳徹子さんが来た時は78個の餃子を平らげたという。注文を受けてから皮を練るのがこだわり。福岡代表・峰子&平子のお土産は「青唐辛子明太子」&「博多一口餃子」。
マツコ有吉は話し合いの結果、お土産ダービー優勝は大久保&黒沢が選んだ茨城県「笠間焼のお皿&急須セット」に決定した。
ブラマヨ小杉がレタスチャーハンの誕生の秘密を調査。1990年前後のテレビ番組を総力を上げて調査した結果、レタスチャーハンを最初に映した可能性のあるテレビ番組を発見。1993年放送「浅草橋ヤング洋品店」の料理バトル企画で周富徳さんが作ったチャーハンにレタスが使われた可能性がある。周富徳さんが発祥なのか真相を探るため、弟・周富輝さんを尋ねた。レタスチャーハンを家庭で美味しく作る方法は、家のコンロでは火力に限界があるため2人前だけ作って最後にレタスを30秒ほど炒めることがポイントとのこと。富輝さんにレタスチャーハンの発祥を聞くと、兄弟で色んなレシピを開発したうちの一つがレタスチャーハンだったという。一方、発祥を調べると周兄弟とほぼ同時期にレタスチャーハンを出していたという別の店も見つかった。
ブラマヨ小杉がレタスチャーハンの誕生の秘密を調査。石川・金沢市「全開口笑」を訪れた。レタスチャーハンの軽い仕上がりの秘密はお米と卵だけ炒めパラパラにして水分を含む具材は後で投入している。店主の竹内さんにレタスチャーハンの発祥を聞くと、「レタスチャーハン」という名前の発祥だがレタスを始めて使った店ではないとのこと。店主が「南国酒家 原宿本店」で修業していた時にレタスを使ったチャーハンを食べたという。
ブラマヨ小杉がレタスチャーハンの誕生の秘密を調査。やって来たのは「南国酒家 原宿本店」。「たらば蟹とレタスのチャーハン」のこだわりはレタスの固い部分は使用しない。さっと炒めてシャキシャキ感を残したまま仕上げる。レタスチャーハンの発祥を聞いたが、昭和36年創業の「南国酒家」は60年以上前を知る従業員はいないとのこと。
ブラマヨ小杉がレタスチャーハンの誕生の秘密を調査。「南国酒家 原宿本店」でレタスチャーハンの発祥を調査したが、店の開業当時にはすでにレタスチャーハンは存在していたという。ただ生の状態で作ったのは初めてとのこと。レタスチャーハンが生まれたきっかけは東京オリンピック。当時の日本は生野菜を食べる習慣がなく、オリンピック選手用にレタスの大量生産を開始。これを機に一般家庭にレタスが普及しお客さんの要望でメニュー化した。また周富徳さんは「南国酒家」で働いていたことがあることが判明した。
